【取材の裏側 現場ノート】10月1日に死去したアントニオ猪木さん(享年79)について「あれは何だったんだ?」と、ずっと思っていることがある。今から10年以上前、取材で訪れた柔道会場で声をかけられた。相手はロサンゼルス&ソウル五輪95キロ超級金メダルの斉藤仁さん(故人)だった。
斉藤さんは「ちょっと、聞きたいことがあるんだけど…」と真顔だったので、てっきり記事へのクレームと思ったが、出てきた言葉はまるで違っていた。
「猪木さんって、どんな人なの?」
なんでも斉藤さんが都内でサウナに入っていたところ、一緒にいた「おじさん」から声をかけられた。その「おじさん」は斉藤さんが柔道の金メダリスト、1988年ソウル五輪でニッポン柔道を救った〝国民的英雄〟とわかった上で「今度、猪木さんに会ってください」と頼んできたのだという。
いきなり見知らぬ「おじさん」から「猪木に会ってくれ」と言われても…。斉藤さんが不審がるのも無理はない。記者がその「おじさん」の名前と風体を聞いたところ、思い当たる人がいた。猪木さんの有力なスポンサーの一人だった。
リング外のビジネスの話なのか、それともリングにつながる話なのか。ただ斉藤さんは当時、柔道の指導者として多くの有力選手を育て上げて活躍しており、猪木さんと会う理由などない。そこで元猪木担当記者に聞いてきたのだが「おじさん」の意向などわかるはずもなく、猪木さんの人柄などを説明させてもらった記憶がある。
その後、移動中の列車の中で猪木さんを取材する機会があり、「柔道の斉藤先生から猪木さんのこと聞かれたんですが…」と本人に質問してみた。猪木さんは「あ~! それは〇〇さんがやってることだよ。フフフッ…」。それだけ言ってけむに巻かれたが、別の関係者から「斉藤さんの柔道人脈を狙って接触してるみたい」との説明があった。
斉藤さんも2015年1月に亡くなっており、今では次男の立(たつる)がニッポン柔道期待の星として活躍。事の真相を聞く相手もいない。ただ、底抜けに明るかった斉藤先生だけに、きっとあちらで猪木さんを待ち構え「猪木さん! あの時は何だったですか!?」と声をかけていることだろう。














