プロレス界のスーパースター、アントニオ猪木さん(享年79)が死去して1か月。猪木番記者が〝昭和〟の燃える闘魂を振り返る連載第15回では、高級ディスコで起きた事件後に見せた〝闘魂流処世術〟を振り返る。

 

 150人超が死亡した韓国・ソウルの雑踏事故のニュースを見て、猪木さんの危機一髪(?)を思い出した。

 1988年1月5日、東京・六本木の最先端高級ディスコ「トゥーリア」の照明装置が落下し、死亡者3人、負傷者14人が出た事件。当時はトップニュースだった。巨人の投手や芸能人がその場に居合わせたと報じられたが、猪木さんもヘタをすれば巻き込まれていたかもしれなかったのだ。

 事件の翌日だったと思う。猪木さんは私の顔を見るなり「いやぁ、ヤバかったよ。トゥーリア、ついこの前、行ったばっかりなんだよね」。多くのプロスポーツ選手、芸能人が常連だった店。猪木さんもご多分に漏れず、だったようだ。

 猪木さんはかなり気に入っていたようで「すごい店だよ」と、聞いてもいないのに熱くこう語りだした。

「宇宙船みたいなフロアで、それだけでも圧倒されるのに、上から泡がこうバーッて降ってくるんだ。そこでいろんな色の光の点滅の中で踊っていると、もうトランス状態に入っちゃう。いや、あれはすごいよ。素晴らしい。でも、これでしばらくはオープンできないだろな」

 その通り、この事故からほどなくして店は閉店に追い込まれたのだが、猪木さんがあんまり一方的にまくしたてるので、肝心なことを聞けなかった。誰と行ったのかということを。

 若い子が好きだった猪木さんのことだ。「たぶんアレかアレだろな」と心当たりはあった。しかし、そんなことはおくびにも出さず「猪木トゥーリア事故ニアミス」などと、短い原稿でサラッと済ませた記憶がある。猪木さんもしゃべるだけしゃべったら、どこかに消えてしまったような。

 先手を取られた私の完封負け、と言われても仕方がないだろう。