不滅の闘魂が最期に伝えたかったメッセージとは――。1日に心不全で死去したプロレス界のスーパースター、アントニオ猪木さん(享年79)の告別式が14日に都内で営まれ、358人の関係者が出席し〝燃える闘魂〟に最後の別れを告げた。難病の「全身性トランスサイレチンアミロイドーシス」と闘い、その様子を公開することでファンのみならず一般の人々にも元気を届けた。実は猪木さんは生前、その行動の真意とも言える「死についての考え」を独白していた。

 告別式には各界から多くの関係者が出席。出棺の際には、新日本プロレスの黄金時代を彩った田中ケロリングアナが「永遠なれ闘魂! アントニオ猪木ー!!」とコール。猪木さんの入場テーマ曲「炎のファイター」が流れる中、赤い闘魂タオルを首に巻いた、現役&OBレスラーたちがひつぎを運んだ。参列者からは自然と「イノキコール」が湧き起こり、不世出の燃える闘魂は荼毘(だび)に付された。

 亡くなる10日前の9月21日にも、自ら希望して自身のユーチューブチャンネルの収録を行うなど、猪木さんは最期まで積極的に発信を続けた。実は病気が悪化する前の2018年末、本紙の取材にその真意を表すような「闘魂流・死についての考え」を独白していた。08年に大ヒットした映画「おくりびと」を引き合いに「これからは〝死と向かい合う〟っていう、そういうことへのメッセージを送らないといけないと思っています。『おくりびと』って、一時期はやったと思うんだけど、いわば『おくられびと』というね」と、決意表明ともとれる言葉を口にしたのだ。

 難病との闘いを公表したことで賛否を呼んだのは事実。だが〝おくられびと〟として世間にメッセージを送ろうとしていた猪木さんにとってはそれこそが狙い通りだったのかもしれない。

 さらに「死というだけでマイナスイメージになってしまうでしょ。『猪木さん、まだまだ頑張ってください』とかいう人もいる。だけど、そういうことじゃなくて、社会や身近なものに対して何かができればね」と死を目前にするからこそ成し遂げられることがある。

 続けて「こんなことを言うと怒られちゃうけど、戦時中もうちの兄貴は特攻隊で死んでね。だけど、逆に言えばある一つの目的が持てた。今の価値観で見れば『なんでそんな馬鹿な』となる。でも、本人に成り代われば一つの目的をもって死んだというのは、ある意味で意義があったのかなって思ったりしたりもするんです」とその根底にある戦争体験を挙げた。

「リングの上やブラジルの移民の時代の思い、そしてそのままこうしていろんな各国を飛び回っている中で、社会にいいメッセージを送れればいいなあと考えているところ」という猪木さんは、最期に何を伝えたかったのか。これについてこう語気を強めた。

「『元気がなけりゃあ、あの世にも旅立てない』っていうこと。これが(世間に)送りたい言葉なんですよ。死という言葉がイメージがあまりにもマイナスですから。でも、いずれ誰にも来るじゃん。だから、死というものをどうとらえるか」

 結果的にこの直後から猪木さんは病魔との闘いを続け、体が弱っていくさなかでも〝元気〟を届け続け、有言実行を果たす。猪木さんは最期まで燃える闘魂だった。