「世界の王」を超えた。ヤクルト・村上宗隆内野手(22)が、今季最終戦となった3日のDeNA戦(神宮)で、レギュラーシーズン最終打席となった7回の第4打席に、NPB歴代単独2位となる56号本塁打を放ち、同時に「令和初」「史上最年少」となる3冠王を決めた。そんな超怪物スラッガーの〝覚醒前夜〟ともいえる2年間に、監督を務めたのが小川淳司GM(65)。どんな思いで接したのか。直撃した。

 村上のヤクルト入団時に編成担当(シニアディレクター)としてかかわり、プロ1、2年目の監督を務めたのが小川GMだ。

 村上のプロ1年目となった2018年、一軍初出場となったのはシーズン終盤、9月16日の広島戦(神宮)だった。この試合に「6番・三塁」で出場した村上は、初打席初本塁打の鮮烈デビューを果たす。高校時代は捕手で、プロ入り後に三塁手に転向。守備はまだ粗削りだった。それでも小川GMは「俺はアマチュアの時も(村上を)見ているわけだから。それは誰が見ても、監督でも使いたくなるような打者だと(思った)」と振り返る。

 しかし、その後の村上は5試合に出場するも無安打で二軍に降格。ただ、イースタン・リーグでは優秀選手賞、新人賞、努力賞に選出され、フェニックスリーグでは10本塁打のリーグ記録を打ち立てた。

 小川GMは「俺はずっと村上は一軍で打てなかったことを自分で感じて、課題として見つけたものをイースタン、フェニックスリーグでやり続けて、それが後に村上自身のすごさにつながってると、そう思っていた」。村上本人にも直接確かめてみたところ「その通りです」との答えが返ってきたそうで、小川GMは「18歳、1年目で自分の課題として感じたものを生かしていくって並の人じゃないですよ」とも。

 プロ2年目の村上は、143試合にフル出場。打率は2割3分1厘、リーグ最多の184三振を喫しながらも、当時の小川監督は辛抱強く使い続け、36本塁打を放って新人王に。飛躍のきっかけをつかんだシーズンとなった。

 小川GMは「(監督時代に)村上を打席に送り出すのは『ちむどんどん』だったんだよ」と続ける。NHK朝の連続テレビ小説のタイトルにもなった「ちむどんどん」とは沖縄の方言で「胸がワクワクする気持ち」のことを表す。

「ワクワクするんだよ。11年のCSの山田(哲人)もそうだったし、18年の高橋(奎二)もそういう気持ちだった。(グラウンドに)送り出すのが楽しみだった」

 今季の村上の歴史的な活躍は、小川GMやヤクルトファンはもちろん、球団の垣根を越えた多くの野球ファンをもワクワクさせたことだろう。いったいどこまで進化を続けるのか…。楽しみは尽きない。