日本ハム・松本剛外野手(29)が、初のパ・リーグ首位打者に輝いた。開幕直後から安打を量産するも7月に自打球を左ヒザに当て骨折。一時はタイトル獲得が絶望視されながら、最後は2位のオリックス・吉田正(打率3割3分5厘)をしのぐ、打率3割4分7厘でフィニッシュ。この躍進の裏で本人はどのような心境だったのか。

「本当に個人的にはいい数字が残りましたし、そこは本当に(今後の)自信にしたいなと思います」

 首位打者が決まった直後の松本剛はすがすがしい表情で第一声をこう語った。

「本当に今までにない野球と言いますか、野球観の引き出しもすごい増えたのを実感します。本当に勉強になるシーズンだったかなと思います」

 プロ入りから苦節11年目での初タイトル。昨季まではチーム内でのレギュラー争いに苦戦していたこともあり今季の成績には満足げな表情を浮かべる。だが、ここまでに至るには周囲の想像を超える苦難の道のりがあった。

 今春キャンプ直後はレギュラー争いどころか、二軍落ち。新庄監督から「若手選手をもっと見たいから」と直接ファーム落ちを通告された際には指揮官の前で思わず涙を流した。

「もちろん(二軍に)落とされる時っていうのは(常に)悔しい。でも、僕としては今年やらないと(現役生活が)終わりだと思ってシーズンに臨んでいたので…」

 普通ならこの時点で心は折れる。だが、松本は「ファームで結果を出して(もう一度一軍に)上がるしかない」と気持ちを一新。これが躍進の原動力につながった。

 シーズン開幕戦(対ソフトバンク)で4番に抜擢されると相手先発・千賀から2安打。これで指揮官の信頼を得ると直後から安打量産が始まった。

「あの試合(開幕戦)で打っていなかったら今の僕はないと確実に言い切れる。あの試合、千賀さんのフォークを(第1打席で)内野安打したのが今年の僕を大きく動してくれたのかなと」

 シーズンが進むにつれ降下すると思われた打率は一向に下がらずむしろ上昇するばかり。7月に入っても打率3割5分をマークする快進撃を続けた。

 だが、順調と思われた矢先に悲劇が起こる。7月19日のオリックス戦、3回の打席で左ヒザに自打球を当て骨折。試合復帰まで約4週間と診断され、初選出されていた球宴への出場も辞退せざるを得ない状況に陥った。

「完全に『終わった』と思いましたね。規定(打席到達)も間に合わないだろうなと(苦笑)」

 追い打ちをかけるように2年連続首位打者のオリックス・吉田正が徐々に打率を上げ松本剛を猛追。絶望感と焦燥感にさいなまれた。それでも早期復帰を図るべく、再び気持ちを切り替え治療に専念。驚異的な回復力で8月中旬に戦列復帰するとヒザの状態が万全でないまま再びタイトル争いの道を歩み出した。

「首位打者はそんな甘いものじゃない、と自分にずっと言い聞かせながらやっていたので。それよりもヒットを一本でも多く打つ。そこを目指してやっていました。首位打者を絶対に取ってやろう、と思ったのは残り30試合を切ってからぐらい。それまでは『50タコしたら無理だろうな』ということしか考えてなかった。マイナスのイメージしか浮かばなかったので『だったらヒット1本打とう』と。周りも『いつか(打率は)下がってくる』ってずっと言っていたので、逆に少しでも粘ってやろうと思ってやっていました」

 周囲への反骨心と安打を積み重ねることを心掛けた結果、9月28日の札幌ドーム最終戦(対ロッテ)で規定打席にも到達。最終的に3割4分7厘という高打率でシーズンを終えた。

「僕は長打とかが打てるタイプではない。打率で表現しない限りこの世界で生きていけないと思ってやってきたので。(首位打者は)うれしいです」

 プロ12年目の来季はタイトルホルダーの肩書とともに新球場「エスコンフィールド北海道」で幕を開ける。

「より高みを目指して個人的には数字を伸ばしていきたい。年齢と立場的にもチームが勝てるようにと。その気持ちは一層強くなっている。勝つために何をしたらいいか。どういう行動をすればいいのかというのを考えてやっていけたらいい」

 来年30歳を迎える遅咲きのバットマンは新たな舞台で円熟期を迎える。