〝日本最速男〟の胸中は――。陸上男子100メートル日本記録保持者の山縣亮太(30=セイコー)が、単独インタビューに応じた。昨年10月に手術を受けた右ヒザの現状と復帰の見通し、自身の日本記録更新や2024年パリ五輪への思いなどを激白。さらに、昨年の東京五輪で日本選手団の主将を務めた立場から、大会組織委員会の元理事である高橋治之容疑者が逮捕された汚職事件についても言及した。


 ――自身不在のシーズンをここまで振り返って

 山縣 今シーズンは若い選手の台頭が目立った印象だった。7月の世界選手権100メートルは初出場の坂井(隆一郎)君が堂々と走っていたし、サニブラウン(・ハキーム)選手の決勝で戦っている姿は陸上界にとって明るい材料になったと思う。

 ――日本短距離界は世代交代の時期が近いのか

 山縣(自身が)10秒0台を出すようになったのが10年ぐらい前。そこからトレーニングや走りでも負荷をかけ続けて、体の(動きの)癖もあって、今はケガという形で向き合っている。やっぱりケガに悩まされてそのまま引退する選手もたくさんいるし、僕らの世代は正念場だなと。僕らは体をちゃんとつくり直さないと、普通に世代交代してしまう。

 ――右ヒザの現状は

 山縣 ある程度走れるようになっていて、100メートルでいえば10秒と11秒の境目のタイムぐらい。トレーニングもかなり制限なくできるようになっているので、経過は順調。

 ――実戦復帰の時期は

 山縣 決めていないというのが正直なところ。ただ、あくまでパリ五輪でベストパフォーマンスを出すための手術だったし、できれば来シーズン4月の織田記念あたりから復帰して、世界選手権(ブダペスト)でも走ることができれば。

 ――今年で30歳。年齢で競技人生に区切りはつけない

 山縣 自分は体が持てば頑張りたい。100メートル走る上で、体が動いてくれないとは感じていない。あるとすればケガを完治できないとか、繰り返してしまうとか、機能的な問題かなと。

 ――次の目標タイム

 山縣 自分の中で大きなターゲットになっているのは蘇炳添選手(中国)の持つアジア記録の9秒83。アジア系選手がそこまで出せるということを証明したので、自分も負けるわけにはいかない。

 ――いずれ自身の日本記録も更新される

 山縣 条件がそろえば9秒95を切れる選手は日本の中に複数人いるので、そのうち誰か破るだろうなと。その前に自分で日本記録を押し上げたい。9秒95で競技人生が終わるのは満足いかない。

 ――パリ五輪は個人で決勝進出を目指す

 山縣 それはロンドン五輪に出た時からの悲願だし、あと一歩のところで達成できていない。決勝に進むことができれば、自分はケガを乗り越えて成長できたと思える。

 ――リレーでは次こそ金メダル

 山縣 100メートルで決勝に出られる力があれば、選んでもらえると思う。(バトンミスで途中棄権だった)東京五輪は余裕がなくて、ギリギリの戦いで失敗してしまった。もっと力をつけて、綱渡りのレースではなく盤石の体制で世界1位を目指せるチームにしたいし、自分はその一助になりたい。

 ――東京五輪汚職事件を、どう受け止めたか

 山縣 たくさんの方の尽力でコロナ禍でも五輪を開催できたことは、一人のスポーツ選手として本当に感謝しなければいけないし、スポーツ界にとってもありがたいことだった。その一方でスポーツは社会と隔絶されたものではなく、社会の中で価値のあるものだと多くの人に理解してもらわないと(スポーツの)未来はないと思っている。そういう意味でこうした事件が起こると、スポーツの価値に影響すると思うからこそ、非常に複雑な思い。

 ――選手として考えないといけないことは

 山縣 基本的にスポーツは周囲の理解がないと、お金をもらってやっていくことはできないと思っている。やはり社会から認められるものでなければならない、そういう思いはずっと持っている。

 ☆やまがた・りょうた 1992年6月10日生まれ。広島市出身。広島・修道中高から慶大に進学後、2012年ロンドン五輪100メートルで準決勝に進出し、13年日本選手権で初優勝。15年4月セイコーホールディングスに入社し、社員アスリートとして活動開始。16年リオ五輪は100メートル準決勝進出、400メートルリレー銀メダル。昨年6月の布勢スプリントで日本新記録となる9秒95をマーク。同年東京五輪は日本選手団主将を務めた。身長177センチ。