【豊田誠佑 おちょうしもん奮闘記(11)】1982年、中日と巨人はシーズン終盤まで激しい優勝争いを繰り広げていた。そして迎えた9月28日、ナゴヤ球場での中日―巨人戦。この試合は中日ドラゴンズの歴史に残る奇跡のドラマとなった。

 首位・巨人とは2・5ゲーム差で負ければ逆転Vはほぼ絶望的。しかも巨人の先発はエースの江川卓さんだった。このシーズン、ここまで中日は江川さんに2勝5敗。3完封をくらうなど大の苦手としていた。しかも中日の先発・三沢淳さんが初回、原辰徳に3ランを浴びていきなり3点のビハインド。8回終了時点で2―6の4点差で、スタンドのお客さんの中にはあきらめて帰る人も結構いた。

 俺はベンチで出番を待っていたが9回、先頭の平野謙さんに代わって代打で登場。大学時代からそうだったけど、相手が江川さんとなれば自然と燃える。カーブをレフト前へ運んで出塁した。実はこの年から中日では星野仙一さんと木俣達彦さんがCM出演していた「永田や仏壇店」がスポンサーとなり、代打ヒットを放った選手には1万円が贈呈されていた。一塁ベース上で「1万円もらった」と思ったけど、マウンドにいるのは何といっても日本一の投手だ。正直、この時点ではまだ逆転のイメージはなかった。

 しかしここからがすごかった。「あれっ、打った」「あれっ、またヒットだ」とモッカと谷沢健一さんが連打でつないで無死満塁。さらに大島康徳さんの犠飛と宇野勝の適時打で4―6の2点差に詰め寄ると中尾孝義が右翼線へ2点適時打を放ちついに6―6。俺は選手、コーチとして何年もナゴヤ球場の試合を経験したけどこのときほどスタンドが盛り上がったときはなかったね。天敵・江川さんから9回裏に4点を奪って同点に追いついたんだからファンの人たちも興奮する。ものすごい雰囲気だったよ。

 こうなると試合の流れは完全に中日だ。延長10回一死二塁の場面で再び俺の打席が回ってきたが、ここは四球で出塁。二死満塁となった後、大島さんが巨人のリリーフエース・角から中前適時打を放ってサヨナラ勝ちを決めた。本当に信じられないような逆転勝利だった。

 この勝利で首位・巨人とは1・5ゲーム差となったが、負け数がジャイアンツよりも少なかった関係でドラゴンズに逆マジック「12」が点灯。名古屋の街は一気に優勝ムードになっていった。

 前年20勝、この年も19勝とあの頃の江川さんはまさに難攻不落の大エースだった。その江川さんを俺のレフト前ヒットが口火となって攻略したのだから、自分の野球人生の中でも忘れられない試合となった。俺は現在、名古屋市内で「おちょうしもん」という居酒屋をやっているが、店にはあの時、江川さんからヒットを打ったときの写真が飾られている。今でもドラゴンズファンのお客さんから「あの試合はすごかった」とよく言われるよ。

 ☆とよだ・せいすけ 1956年4月23日生まれ。東京都出身。日大三高では右翼手として74年春の選抜大会に出場。明治大学では77年の東京六大学春のリーグ戦で法政のエース・江川から8打数7安打と打ちまくり首位打者を獲得。「江川キラー」と呼ばれるようになる。78年オフにドラフト外で中日ドラゴンズに入団。内外野をこなせるバイプレーヤーとして活躍し82、88年のリーグ優勝に貢献した。88年に現役を引退後はコーチ、スカウト、昇竜館館長を務め2014年に退団。現在、名古屋市内で居酒屋「おちょうしもん」を経営している。