いつまでも変わらない工藤公康の謙虚さ

2020年01月11日 11時00分

祝賀パレードで沿道のファンに手を振る工藤監督。左は王貞治球団会長

【ネット裏・越智正典】昨2019年も野球界にはアマにもプロにも沢山の彩りがあった。なかでもソフトバンクの監督工藤公康がチームを日本一に導き、プロ野球の父「正力松太郎賞」を受賞したのは鮮烈、見事であった。4度目の受賞である。現役後、筑波大学大学院に勉強しに行くときの入学保証人、工藤を監督に起用したソフトバンク球団会長王貞治も感無量であろう。

 11月24日、ソフトバンクは小雨の福岡市明治通りを祝賀パレード。1号車に王貞治、工藤公康、選手会長柳田悠岐。沿道に市民25万人。「体を打ちつける雨すら心地よかった」と、地元紙倉成孝史記者はファンのよろこびを活写している。

 ソフトバンク監督就任第1年の工藤がペナントレースを90勝49敗4引き分けで制覇し、日本シリーズも制勝した2015年秋、明治神宮大会を見に行くと、神宮球場で工藤の母校愛工大名電高校OB会長奥村衛にバッタリ会った。心ひろく、いい男だ。名古屋市港区の彼の家にはいつも後輩たちが集まってくる。この日彼はこの大会に東海地区から出場している東邦高校の応援に来ていたのだ。

「公康は謙虚だあー。日本一になったし、正力先生の賞も頂いてOB会が盛り上がりましてね。お祝いの会をやろうということになったんです。で公康に電話をしたんです。忙しいだろう。このオフに空いている日があるかな、都合を聞くと、公康が言ったんです。“先輩、ボクは今年は何もしていません。選手が頑張ってくれました。これから、もっともっと勉強して何回も優勝したらそのときにお願いします”。公康は名電野球の鑑です」

 その15年の12月5日、工藤は東京都高等学校野球連盟の「平成27年度指導者研修会」のために時間をあけた。テレビ朝日の「熱闘甲子園」がエンで3年前から講師を頼まれていたのだ。研修会会場、新宿区大久保の海城高校の講堂にはあかあかと歓迎の灯がともっていた。見学に行くと、工藤監督付、中山公宏(当時、現球団統括本部運営部部長代行)が緊迫していた。工藤のスケジュールが分刻みに違いないと感得した。

 開会。工藤はあの大きな目にやさしい光りを湛えて話し出した。

「一緒に高校野球をやって来た仲間はいいですね。高校時代の友だちは人生の大切な宝物です」。それから「現役を引退しユニホームを脱ぐときに悔いがない選手がなんと少ないのだろうと思い続けて来ました。一日でも長く野球が出来ますようにと願って来ました」と、ケガをしないトレーニングを丁寧に解説した。

 私は、実は工藤監督の立ち姿をずーと見ていた。関係者に挨拶するときも答礼するときも気を付けの姿勢で指先までピーンと伸ばしていた。“御大”人間力の明大監督島岡吉郎が指先までも真っすぐに伸ばしていたのが昨日のことのように思い出された。

 東京都高野連の事務局長横山幸子は工藤に心打たれた。「都連からお車代にもならない、ホンの気持ちばかりの謝礼を差し出したのですが、工藤さんはお受け取りにならないのです」。謹賀新年。読者の皆様 今年もよろしくお願いいたします。

=敬称略=(スポーツジャーナリスト)