ノア9日の後楽園ホール大会で行われたGHCヘビー級選手権は、挑戦者の内藤哲也(44)がシェイン・ヘイスト(40)を撃破し、第51代王者に輝いた。昨年5月に誰よりも強くこだわっていた新日本プロレスを退団した制御不能のカリスマが、まさかの国内他団体の最高峰王座を奪取。その裏には、かつてライバルとして一時代を築いたオカダ・カズチカ(38=AEW)からの〝託された思い〟があった。

試合後、BUSHI(右)に称えられる内藤哲也
試合後、BUSHI(右)に称えられる内藤哲也

 会場の大「内藤」コールに応えてみせた。シェインの猛攻に耐え抜くと、ボム・バレー・デスにカウンターのデスティーノを発射。最後はコリエンド式から旋回式のデスティーノで激闘に終止符を打ち、代名詞の「デ・ハ・ポン!」大合唱で大会を締めくくった。

 昨年までは想像もできない光景だった。新日本退団後の内藤はBUSHIと「ロス・トランキーロス・デ・ハポン」を結成し、海外に活躍の場を求めた。だが、夏以降に業務委託していた人物の「不適切な行動」が明らかになり社内が混乱。欧州遠征がキャンセルとなるなど苦難が続いた。

 不安を抱え、先行きを案じていた時期に再会を果たしたのがオカダだった。棚橋弘至の引退試合決定記者会見が行われた昨年11月9日の夜、関係者から呼び出された食事会の席で合流。内藤がオカダとプライベートの場で同席したのはヤングライオン時代以来、実に約15年ぶりのことだった。取材に対し「思うように試合ができず、どこに進めばいいか分からない状態でしたよね。そんな時期の俺にとっては、貴重な席でした」と振り返る。

新日本時代、内藤哲也(左)のライバルだったオカダ・カズチカ(2022年)
新日本時代、内藤哲也(左)のライバルだったオカダ・カズチカ(2022年)

 関係者によれば、近況を報告し合う中でオカダは何度も「内藤さん、日本で試合しましょうよ」と提案していたという。内藤は背中を押されるかのように、その後に舞い込んだノアのオファーを受諾した。

「『内藤哲也を見たことのない人の前で試合をしたい』という思いは今も変わらないし、10月と11月には海外でも試合する予定です。ただ、実際にノアに上がってみて、国内ではやり尽くしたかなと思ってたんですけど、まだやってないこともたくさんあるんだなと気づかされましたね。まさかこんな日が来るとは思わなかったですけど、毎日が充実してますし、今になってオカダの言葉の重みを感じますね」

 さらに内藤は「オカダの言葉、俺は勝手に『内藤が日本のプロレスを盛り上げてくれよ』という意味だと解釈してますよ」と言い切る。オカダを筆頭に、多くの新日本時代のライバルや仲間が海を渡った。「彼らがまだいた時は『すごく日本のプロレスが盛り上がってるな』と感じてたんです。でもいま現在、その時ほどの熱があるかと言われればないわけで…。その状況って苦しいし、悔しい。やっぱりあの時以上の熱を、またこの日本で生み出したいなって気持ちも湧いてしまって。みんなが海外に行くなら、じゃあ俺しかいないだろって思いにはなってきてますよね」と使命感を燃やす。

 満身創痍で何度も〝限界説〟がささやかれた内藤だが、執念の完全復活。制御不能のカリスマが方舟の、日本マット界の舵を取る。