【元局アナ青池奈津子のメジャー通信】この仕事をしていると、マジックアワーのような瞬間が訪れることがある。野球が進化し、ルールや選手が変わっても、クラブハウスで選手に話しかける前の緊張感だけは20年目に入っても全く変わらない。だが、そこにわずかながら新しい空気を感じるようになった。

 約2週間前のホセ・アルテューベとの会話が、まさにそんな瞬間だった。私の記憶にあるホセは、どちらかと言えばインタビューを受けたがらない。それならそれでいいか、と何度か試みてからは何年も話しかけていなかった。

 エンゼルスのビジター側のクラブハウスは、入って右側のドアに近い壁側にスターやベテラン野手のロッカーが配置される。ホセのロッカーは手前から5番目くらいのかどで、この日は部屋全体が見える角度で座っていた。部屋に入るなり目が合ったので、目と目だけの会釈を交わした。彼がゆっくり座っているなんて珍しい。何となく右側を意識しながら数分間入り口に立ってみたが、耐えられずに右を見たらまた目が合った。自然と足が赴く。

「久しぶりだね。お互い長くなったね」。ホセは席を立つこともなく、どこか旧友のように「ここまで時間的な意味でも、成績という意味でも、すべてが夢以上のものになった。誰だって夢は見るけど、その夢がどこまで実現するかなんて分からない。でも、実際にいろいろなことが起きて、気づけば自分が思い描いていた以上のものになっていた」と語り始めた。

 思わず、録音の許可を取ると「ぜひ、どうぞ」と言ってくれた。「神様にも家族にもチームメートにもヒューストンのファンのみんなにも、本当に感謝の気持ちでいっぱいだ」。メジャーで16年、英語もすっかり流ちょうだ。

パンチ力のある打撃も健在だ(ロイター)
パンチ力のある打撃も健在だ(ロイター)

 メジャー入りした頃のホセが思い描いていたことは何だったのか。「正直ね、ずいぶん前のことだから覚えていないんだ。ただ、想像以上なのは確か。しかも1球団でこれだけやらせてもらえて、ヒューストンを自分の街と呼べることはまさに夢のようだね」。

 球界では誰もが知る最小で最強のスラッガーだが、ベネズエラではどれだけ野球がうまくても「身長が低い」というだけで、いつもトライアウトの1巡目で落とされた。1年半で全30球団のトライアウトを片っ端から受け、各球団に2、3回、最低でも計100回は落ちたという。

「どこへ行っても自分が一番小さかった。自分自身は大きな選手たちと同じようにプレーできることを疑ったことはなかったけど、周囲の評価を乗り越えるのは精神的な挑戦だった」

 ホセのすごさは、まさにその精神的なタフさ、自分を信じる力にある。本人は「当時、アストロズだけがチャンスをくれた」と口にするが、実際には落ちたアストロズのトライアウトで「この際、2日目も勝手に参加したらどうか」とゴリ押しで参加したのが運命の転機。その後の人生の鍵を大きく握る元大リーガーで当時アシスタントGMだったアル・ペドリック氏との出会いをホセ自身がつくり出し、契約をもぎ取ったのだ。

 わずか1万5000ドルの提示額に交渉もせず「チャンスをくれさえすればいい」と即決で契約した話も有名だ。

「本当に野球が好きだったから、諦めようなんて考えたこともない。受かるまで何度でも挑戦し続けるつもりだった」。そうして歩み続け、36歳になった。

「未来のことはまだ考えていない。契約があと3年残っているからね。その期間に集中して、一生懸命プレーして、チームの勝利に貢献したい。その先はまたその時考えるよ」

 わずか5~6分のたあいもない会話だったが、グッと引き込まれ、余韻が残る特別な時間。私にはこれがとてもマジカルに感じられた。

 ☆ホセ・アルテューベ 1990年5月6日生まれ、ベネズエラ出身。2006年にアマチュアFAでアストロズに入団。2011年7月にメジャーデビュー。小兵ながらパワーも備えて走攻守に優れ、17年にア・リーグMVPを獲得。首位打者に3度(14、16、17年)、盗塁王にも2度(14、15年)輝き、各ポジションの優れた打者が選ばれるシルバースラッガー賞には二塁手部門で6度受賞(14~18、22年)。168センチ、76キロ。