【昭和~平成スター列伝】全日本プロレス春の祭典「チャンピオン・カーニバル2026」が12日に後楽園で開幕した。前年度覇者の斉藤レイは連覇を誓っているが、長い歴史の中でも連覇を達成したのはジャイアント馬場(1973~75年、77~78年、81~82年)、スタン・ハンセン(92、93年)、鈴木みのる(2009、10年)の3人のみ。レイは16年ぶり4人目の偉業に挑むことになる。
最多優勝記録7度の御大・馬場は別格として和田京平名誉レフェリーは「ハンセンの連覇は強烈な印象が残っている。とにかく強かった」と語る。ハンセンは92、93年に三沢光晴というエースを撃破して優勝。最強を証明した。93年4月21日の横浜文化体育館では死闘の末、三沢との優勝決定戦を制した。本紙は1面で詳細を報じている。
「決勝はハンセンのペースで始まった。頭部へのニードロップから150キロの体重を乗せての踏み潰し。三沢の顔が激痛でゆがんだ。三沢は鋭いエルボーで反撃。お互いに顔面を狙うケンカマッチで10分が過ぎた。そしてハンセンが左腕を三沢が右腕を振り抜いた。ラリアートとエルボーの相打ち。ダメージはハンセンのほうが大きい。当然、三沢は左腕に集中砲火だ。肩に担ぐアームブリーカー、ドロップキックを左ヒジに直撃。しかし自然に沸き起こった“ハンセンコール”に後押しされハンセンが勢いづく。コーナー2段目からフライングボディーアタック。走り込んできた三沢へカウンターの首折り弾がズバリ決まる。しかしハンセンのダメージも大きい。三沢が返すとパワーボムの体勢に入ったが、左腕がきかない。大声を入れて気合を入れ直すと、三沢の体が舞い上がり後頭部から落ちていった。20分26秒、3冠王者の三沢はリーグ戦公式戦に続いてハンセンに2連敗。“世界の不沈艦”がカーニバルV2を果たした」(抜粋)
和田レフェリーは「天龍さんたちが出て行ってからは、三沢たち(四天王)が地方のメインの6人タッグで大歓声を得るようになった。ハンセンは最初、三沢たちを小僧扱いしていたんだけど『このままじゃ流れに置いていかれる』と考えたのか、馬場さんにアドバイスを求めたと思う。新日本時代はガムシャラに攻める一方だったけど、全日本流のプロレスを身につけるようになってがぜん強さが際立った。ゴディもウィリアムスもそうだった。馬場さんはもう(祭典を)遠目から見ていたからアドバイスしやすかった。あの時のハンセンは3連覇、4連覇しても不思議じゃない強さだったね」と述懐する。
翌年には川田利明、95年には三沢が初優勝を果たして時代を変えていくが、それは最強の“不沈艦”との激闘を経験したからこそだった。 (敬称略)













