TAJIRIが九州プロレスに価値を感じている理由は、勝敗や興行規模とは別のところにある。どこに、誰に、プロレスを届けているのか。その点を重く見ている。「普段なら一生プロレスを見るはずがなかった人にまで、プロレスを届けている」。それが九州プロレスの活動の本質だと考えている。
地方を回る中で、日常の娯楽が限られている地域に出会うことも少なくない。そうした場所に足を運び、リングを組み、生のプロレスを見せる。その行為自体に意味があるという。「そういう場所に行っているだけで、もう十分な価値がある」。TAJIRIはそう語る。
特に強調するのが、子供たちへの影響だ。映像や配信ではなく、目の前で起きている出来事を体感することの重要性を繰り返し口にする。「生で見るっていうのは大きい」と語り、音や空気、選手の動きなど、その場でしか感じられない要素があると指摘する。そうした体験は、「簡単に変えがたい経験」だと位置づけている。
一方で、自身が九州プロレスに立つ意義について問われても、明確な答えを用意しているわけではない。「立派な答えなど言えない」。そう前置きした上で、「毎日、背広を着て決まった時間に電車に乗って会社に行く人の方が、よほどすごいと思っている」と続ける。
プロレスラーという職業についても、過度な理想像を抱いていない。「好きなことしかやってこなかった人間の集まりだと思っている」。だからこそ、「人さまに偉そうなことを語れる立場じゃない」と線を引く。ただし、自分が感じてきたことを、そのまま伝えることはできると考えている。
「自分を過信してプロレスをやっている姿は、見苦しい」。流行しているラーメン店を見て「自分のラーメンが一番だ」と言い出すことに例え、その姿勢を戒める。大きな言葉や理想論を掲げるのではなく、感じてきたことを誠実に伝える。その距離感を保ちながら、TAJIRIは今も九州プロレスの一員としてリングに立っている。













