【昭和~平成スター列伝】新日本プロレスの鷹木信悟(43)とスターダムのなつぽい(30)が、結婚を発表して大きな話題を呼んでいる。人気・実力ともにトップレスラー同士だけにお互いの今後の飛躍が期待される。

 鷹木は“闘将”アニマル浜口氏主宰の浜口ジム出身。浜口氏は娘のレスリング五輪2大会銅メダリストの浜口京子を育て、プロレス界に小島聡、内藤哲也、TAJIRIら数え切れないほどのプロレスラーを送り込んだ名伯楽だ。

 国際プロレスで1969年にデビューし、その後は国際軍団、維新軍、ジャパンプロレスと戦場を移し、波乱のプロレス人生を送り、87年に引退。その後、復帰するも再引退し、浜口ジムで後進の指導に当たった。あまりにも有名な「気合だー!」の決めゼリフ同様、まさに闘志と決意の塊のような名選手だった。

 その浜口氏の国際プロレス時代の名勝負の一つがマイティ井上との「和製ハイ・フライヤーズ」で新日本の「ヤマハ・ブラザーズ」(山本小鉄、星野勘太郎)からIWA世界タッグ王座を奪回した一戦(79年2月23日千葉)だろう。

「奪回に燃える国際コンビは開始から足を狙い、井上がフライングクロスアタックで星野を吹き飛ばし、すぐに浜口が首4の字固めと急テンポに進むが、ヤマハ・ブラザーズは浜口に星野がボディースラム、山本がポスト最上段からのボディープレスで浜口を沈めた。後がない国際コンビは浜口が猛ラッシュ。ドロップキック、パイルドライバーが爆発した。しかし浜口は額がザックリ裂けてフラフラの状態。ここで星野と山本が連携攻撃を狙うが、遠藤レフェリーが『タッチしていない』と注意。制止を振り払う山本に『反則負け』を宣告した。血だるまの浜口。奪回のチャンスだ。粘る浜口に山本がブレーンバスターを狙った瞬間、井上が浜口の体をつぶす。体重に圧倒された山本はそのまま浜口の下敷きになって3カウントが入った」(抜粋)

 浜口組はその後、11回の防衛に成功。浜口は後期の国プロを小柄な体で支え続けた。引退後は現役時同様の闘志あふれる姿勢を崩さず、ボディービルにも挑戦し、浜口ジムで後進の指導に当たった。何度か酒席を共にさせていただいたが、話は常にリング同様に熱のこもった真一直線のもので、ただただ聞き入り感服するしかなかった。

 98年にポーランドで京子が世界選手権で金メダルを獲得した際は、浜口氏と2人、パブで午前3時まで痛飲し、ヨレヨレでホテルまで送り届けたところ「2人ともお酒臭い! 最低!」とバスルームに閉じこもられてしまったこともあった。今こそ深くお詫びしたい。

 現在78歳。今では「京子パパ」としての存在のほうが有名になったが、いつまでも元気で「闘将」の魂を後進たちに伝えて、鷹木らのような名選手を育ててほしいと切に願う。(敬称略)