【赤ペン!】いま改めて、長嶋茂雄監督が松井秀喜氏に課していた素振りがクローズアップされている。遠征先のホテル、田園調布の自宅、さらに移動日にはチームとは別のホテルの広間を借りて、延々と素振りを繰り返させた。

松井氏の指導で「音」を大事にした長嶋さん
松井氏の指導で「音」を大事にした長嶋さん

 長嶋さんが最も重要視していたのは音だ。部屋を真っ暗にして、松井氏のバットが空を切る音に耳を澄ませる。「ブーン」と低く鈍い音は「ダメ」。「ピュッ」と高く鋭い音がしたら、「よし、それだ!」と合格点を出す。

 そういう時は「自分でも確かに振り抜けた感覚があるんです」と松井氏は語っていた。「ブーンという音とは鳴るところも違う」のだそうだ。

 では、長嶋さん自身は現役時代、どんな素振りをしていたのだろう。私は土井正三氏や新浦壽夫氏に、遠征先で相部屋になった時のエピソードを取材したことがある。

 1970年ごろの巨人の宿舎は、ホテルではなく旅館だった。長嶋さんのような主力といえども2~3人の相部屋で、風呂は部屋付きではなく1階か地下の大浴場である。

 試合で打てなかった日の長嶋さんは、浴場から上がったらバスタオルを腰に巻いて自室へ直帰。土井さんや新浦さんが後についていくと、全裸でバットを持った長嶋さんに正座させられ、自分のスイングをしっかり見るようにと命じられた。

「どうだ? これか? そうか! これでいいんだな! こうだな!」

 時に自問自答しつつ、時に後輩たちに語りかけながら、長嶋さんはひたすら強く、激しくバットを振り続けたという。

 打てなかった試合後、長嶋さんには自分のスイングを見てくれて、問いかけられる相手が必要だったのだ。「僕だけじゃなく、その時代時代で誰かがミスターの素振りを見ていたと思います」と新浦氏は話していた。

 部屋に見てくれる相手がいないと大変だった。72年ドラフト1位入団の中井康之氏は、旅館の大部屋で若手数人と寝ていて、こんな「恐ろしい思いをした」という。

「頭の上でブルンブルンッと何かを振り回す音がするんで、恐る恐る目を開けたんです。そしたら、枕元にミスターが立っていた。風呂上がりで腰にバスタオルだけの格好で、一心不乱にバットを振ってる。すごい形相でね、おっかなかったな」

 しばらくすると、長嶋さんは素振りをやめて、「よし、これだ、これだ、これだ!」と3度叫んで大部屋から出て行った。この素振りにかける情熱も松井氏にしっかり受け継がれたに違いない。