【取材の裏側 現場ノート】世界的な人気プロレスラーでWWE殿堂者のハルク・ホーガンさんが7月24日に71歳で急死してから1か月近くたつ。リング内外で話題を提供し続けたスーパースターだけに、海外サイトではいまだに多くの関連記事が配信されている。
影響力は世界規模で記者は意外な大物から、その名を聞いたことがある。フランスの国民的英雄で柔道家のダビド・ドイエ氏(56)だ。1996年アトランタ五輪では準決勝で小川直也、2000年シドニー五輪では決勝で篠原信一を破り、重量級で2大会連続金メダルを獲得。篠原戦の誤審騒動を覚えている人も多いのではないか。引退後は政治家となり、スポーツ相まで務めた。昨年のパリ五輪開会式でも聖火ランナーで登場し、元気な姿を見せている。
柔道家時代に何度か話を聞く機会に恵まれた中で、ライバルだった小川のプロレス転向について尋ねたことがある。ドイエ氏は「プロレス?」と言って笑顔に。何でもフランスではプロレスは下火で、興行はサーカスなどと一緒に行われていると説明してくれた。
現在は米WWEのPLE(プレミアムライブイベント)が2年連続で開催されるほど熱狂的なファンが多いが、当時は〝プロレス不毛の国〟だった。ある時、ダメ元で「知っているプロレスラーは?」と聞くと、ドイエ氏は「ハルク・ホーガン」と即答。ホーガンさんが出演した映画やテレビ番組を見たことがあるという。リング外での活動にも積極的だったハルクスターは〝不毛の国〟の英雄にも認知されており、驚いた記憶がある。
フランスといえば、ホーガンさんの宿敵だった故アンドレ・ザ・ジャイアントの出身地。87年3月のWWE「レッスルマニア3」でシルバードームに9万3173人の大観衆を集めた2人の一戦は、今でも語り草になっている。〝大巨人〟と親しかったプロレス評論家の門馬忠雄氏によると「興行成績、観客動員は当時の最高で、アンドレが『あれはすごかった』とホーガン戦を自慢していたんだ。めったに自慢なんてしないのに」。プロレスを世界に知らしめた功績は計り知れない。(運動部・初山潤一)













