【昭和~平成スター列伝】7月24日に急死した世界的人気プロレスラー、ハルク・ホーガンさん(享年71)の葬儀が5日にフロリダ州ラーゴで営まれ、多くの著名人が参列した。WWEでCCO(最高コンテンツ責任者)を務めるトリプルH、妻のステファニー・マクマホンを筆頭に各界のスーパースター、プロレス界からはリック・フレアーら往年のスーパースターが多数参列して偉大な故人をしのんだ。
1983年末にAWAからWWF(現WWE)に戻りトップスターとなったホーガンが、初めてWWF世界ヘビー級王座を獲得して頂点に立ったのは、84年1月23日ニューヨークの殿堂MS・Gで悪役王者アイアン・シークを破った試合だ。前年6月には「IWGP決勝リーグ戦」決勝戦で猪木をアックスボンバーでKOして優勝。勢いに乗っていた時期だった。
「ゴングと同時にシークがターバンで首絞めに出た。逆に奪い取り絞め上げるホーガン。2万2000人超満員の会場は興奮のるつぼと化した。声援を一身に受けたホーガンは早くも必殺斧爆弾アックスボンバーをさく裂させ、パイルドライバー、パンチ、キックと一方的に攻め立てた。それでもシークは意地を見せエビ固め、ラクダ固めを見せたが、ホーガンは余裕十分。シークを力ではね返すとまたもやロープへ。その瞬間、観客は総立ちに。少年ファンが『今度こそ決まるぞ!』と叫ぶ。2発目のアックスボンバーが火を噴いた。ガツン! 吹き飛んだシークにトドメのギロチンドロップだ。1発、2発…。シークはピクリとも動かない。それでもフォールにきたところを無意識にハネのけようとするが、もはやむなしい抵抗だった。12代目WWF新王者誕生――。IWGP戦で猪木を破り、底知れぬ力を見せたホーガンが、ついにWWFの頂点を極めた。新時代到来を告げる王座交代劇だった」(抜粋)
ホーガンはその後、強豪を相手に防衛を重ねて「ハルカマニア」現象を呼び、85年3月31日にレッスルマニアの第1回大会が開催されると、社会現象と呼べるほどの世界的人気を獲得した。
ホーガンは統一王座を含めると6回も同王座を獲得したが、キャリア後半はもはやベルトもかすむほどの超越的存在として、WWFの象徴であり続けた。ベルトがあってもなくても“超人”は特別な存在だった。
その後、移籍・復帰を繰り返したものの、ホーガンがWWEの“顔役”であることは間違いなかった。試合をしなくてもマイクパフォーマンスだけで大観衆の心を奪ってしまう。そんなレスラーはプロレス史上でもいないだろう。偉大なる“超人”の逝去に改めて追悼の意をささげたい。 (敬称略)













