【昭和~平成スター列伝】女子プロレス「マリーゴールド」の自称“女子プロ界の人間国宝”こと高橋奈七永が、5月24日の代々木大会で約29年のプロレス人生にピリオドを打った。1996年、17歳の時に全日本女子プロレスでデビュー。団体解散まで所属し、団体の象徴だった“赤いベルト”最後のWWWA世界シングル王者となった。
明るく、楽しく、冷蔵庫のように大きく、そして強いが、相当おっちょこちょいで屈託のない人柄は誰からも愛された。全女解散後はフリーからスターダムなど各主要団体に参戦し、2024年からはマリーゴールドに参戦。約29年のキャリアで獲得したタイトルはほぼ20にも及ぶ。まさに「人間国宝」だった。
女子プロの「王道」を歩んできた高橋だが、実は隠れた「大仕事」もやってのけている。シードリングに所属していた16年12月11日、ミャンマーの“国技”とされる「ラウェイ」に初挑戦。敵地に乗り込み、現役王者をKOする歴史的快挙をやってのけたのだ。
ラウェイは素手にバンデージを巻いただけで殴り合う「世界一危険な格闘技」とされた。高橋は立ち技格闘技のシュートボクシング参戦も経験しているが、女子でこのルール、しかも敵地で王者と激突したのだから、並の強心臓ではない。異種格闘技戦に臨む選手は多いが、現在の選手なら誰もが避けるだろう。しかし高橋は敵地で堂々「やまとなでしこ」の意地と度胸を見せつけた。
「女子プロレス『シードリング』の高橋奈七永が11日、ミャンマー・ヤンゴンのテンピュースタジアムで行われたMMG主催のラウェイ大会に出場。『MOMOKO』のリングネームで61―64キロ級女子世界王者のシェー・シン・ミンと対戦して3R1分48秒、KO勝利を決めた。『世界一危険な格闘技』と呼ばれるラウェイに初挑戦した高橋は、1Rから相手の右パンチに大苦戦。2Rに入っても猛攻を浴びるが、必死に前に出続けた。チャンスと見るや組み合いからヒザ攻撃を放ち、王者がタイムをかける場面もあった。そして3R、前に出てプレッシャーをかけると、ヒジ攻撃から右ストレート連打で鮮やかなKO勝利を収めた。試合後は『モモコ、イチバン!』と絶叫。来年の目標である『世界一』に向け大きな一歩を踏み出した」(抜粋)
激闘かつ歴史的快挙だった。王者からベルトを贈られた高橋は帰国後「このベルトはMTBF認定の正真正銘のラウェイ世界女子王座だそうです! 世界一危険なルールを制した高橋奈七永は危険な女だぞ!」と歓喜の言葉を発している。
その後、高橋はラウェイ日本大会に2度出場、いずれもドローに終わったが、敵地で王者に勝った歴史的偉業は日本女子プロ界の歴史に永遠に刻まれる。引退後には「2億歳まで生きるぞ!」と宣言したが、高橋なら可能かもしれない。本紙独自の愛称だった「極太あやや」の第二の人生の成功に期待したい。
(敬称略)













