【昭和~平成スター列伝】“女子プロ界の横綱”ことセンダイガールズ(仙女)の里村明衣子が、自身の引退記念興行(4月29日、後楽園)で30年のプロレス人生に終止符を打った。最後はダブルヘッダーを行い、涙を流し完全燃焼してリングを下りた。

 里村は1995年4月15日後楽園のカリスマ・長与千種率いる「ガイア・ジャパン」旗揚げ戦でデビュー。2005年のガイア解散後、仙女を旗揚げした。エースとして活躍し13年の「プロレス大賞」女子プロレス大賞を初受賞を果たした。19年にはWWEから実力と手腕が認められ、同年5月からNXTの女子部門臨時コーチに就任。21年1月にWWEと契約し、NXT・UKに参戦。日本のみならず世界中で名勝負を生み出してきた。

 数々の王座を手中にした里村だが、中でも「生きてきて一番うれしかった」と語ったのが、ケイ・リー・レイからNXT・UK女子王座を奪った一戦(21年6月11日)だった。

「WWEのNXT・UKで“ファイナル・ボス”ことセンダイガールズの里村明衣子がNXT・UK女子王者ケイ・リー・レイを破り、2度目の挑戦でWWEでの初戴冠を果たした。里村は蹴りの連打、STF、DDTで一気に攻め、デスバレーボムを放たれるもゴリーボムで応戦して王座へ執念を見せる。さらに不敵な笑みを浮かべながら回転式ニードロップ、デスバレーボムを炸裂させた。そして雄叫びを上げると、必殺のスコーピオライジングをケイにぶち込んで、悲願の同王座初戴冠を果たした。祝福の紙テープが舞う中でうれし涙を流した里村は『今まで手にしたどのベルトよりも重い。私の人生の中で最も素晴らしい日でした』と語った」(抜粋)

 その後、防衛を重ねるもNXT・UKの発展的解散により、22年8月には米WWEに参戦。NXT女子王座にも挑戦した。だが決して順風満帆なレスラー人生ではなかった。ガイア時代の05年には腰の負傷で8か月の欠場に追い込まれ、07年には右眼窩底骨折で3度の手術を経験。11年には東日本大震災で道場が崩壊して団体は存続の危機に直面した。

「あの時は本当に心が折れそうになった。団体もやめることも考えて、WWEのオーディションを受けようと思いましたが書類選考で落ちました。その時のことを考えれば、10年後にベルトを取れたなんて夢のようですね」と里村は述懐する。

 選手の離脱にも悩まされながらも“怪物”橋本千紘らを育て上げて団体を再興させ、ケガに耐えながらも常に全身全霊の全力ファイトでファンの胸を打ち“女子プロ界の横綱”とまで呼ばれるようになった。今後もプロレス界に人生をささげていくとも明言しており、指導者・実業家として「第二の人生」でもトップを目指す。

      (敬称略)