【昭和~平成スター列伝】東スポのプロレス面で好評連載中の“炎の飛龍”こと藤波辰爾の自伝「炎の飛龍 藤波辰爾の軌跡 一心己道」が、いよいよ佳境を迎えている。第15回では師匠の“燃える闘魂”ことアントニオ猪木との初対決(1978年5月20日、秋田)の思い出が語られている。
藤波は同年1月にWWWF(現WWE)世界ジュニアヘビー級王座奪取の快挙を果たし2月に凱旋帰国。熱狂的な「ドラゴンブーム」の中、待望の猪木との初対決に臨んだ。しかも舞台は「第1回MS・Gシリーズ」(前年まではワールド大リーグ戦)公式戦の大舞台。同リーグ戦初参加の藤波は予選リーグを勝ち抜き、9選手参加の決勝リーグ戦では猪木、坂口、A・ジャイアントらの強豪を相手に大奮闘を見せた。待望の初対決は同リーグ戦で実現し、東スポは1面で試合の詳細を報じている。
「猪木が握手を求めると藤波が頭を下げ、師弟対決らしく、お互いに礼を尽くしての戦闘開始だ。藤波は徹底して痛めている猪木の左肩、左腕を狙いアームロックからリストロック。だが猪木はそり投げで返し、ロープ際で小外掛け。立ち上がった藤波に『さあ来い』。大きい声が響いた。藤波は一瞬、たじろぎ突っかかれない。8分経過、猪木は接近戦からコブラツイスト、首投げからブレーンバスター。藤波の粘りもすごかった。猪木の頬に張り手一発からドロップキック。フルネルソンからスープレックスを狙う。猪木は足をフックさせ、もつれ込んだ。レフェリーがブレークを命じた。その瞬間、猪木が別れ際に藤波の上半身をとらえ、11分43秒、抱きつくようにしての原爆固め。レフェリーの声に気を取られ、ほんの一瞬、気を抜いた時にキャンバスに沈められた藤波。やはり猪木の壁は厚かった。手負いの猪木はNWFヘビー級王者の底力を見せつけて追撃する藤波を振り切った」(抜粋)
猪木は試合後「苦戦どころの騒ぎではなく危なかった。藤波は見えない壁がどんなものであるか肌で知ったはずだ。ちょうど私とゴッチの関係がそうであるように、いかにレスリングというものが難しいかが分かったはずだ」と厳しい言葉を吐いた。一方の藤波は「さあ来いと言われた時はどうしても突っかかれなかった。初めてプロレスの壁にぶつかったような感じだ」とうなだれた。
それでもリーグ戦で藤波は猪木、アンドレに敗れ、坂口にリングアウト負けを喫したのみの得点25で24点の坂口を上回り、3位に入る大健闘を見せた。優勝戦は猪木がアンドレをリングアウトで撃破している。
連載で藤波は「向き合った時には、鎧(よろい)みたいなものがバラバラにされる感覚だった」と述懐している。しかしこの日の初対決の屈辱をバネに藤波はさらに成長を遂げて、超一流選手への道を歩み始める。 (敬称略)













