1989年の東スポ入社以来、カメラマンとして数々の場面で長嶋茂雄さんを取材した。

 その中でも特に印象として残っているシーンがある。2000年に巨人の監督としてチームを4年ぶりのリーグ優勝に導いた直後、祝勝会での出来事だ。

 主力選手たちの撮影を同僚に任せ、私は長嶋監督のベストショットを撮るために一挙一動を徹底的にマーク。祝勝会が始まり、あちこちで歓声が湧き上がる中、ビールでずぶ濡れ状態のまま他社のカメラマンたちともみくちゃになりながら長嶋さんの目の前を何とかキープしていた。

 そして「ポールポジション」の位置でカメラを向けていたところ、背後から樽酒を持った数人の選手が近づき、あろうことか長嶋監督に向かってザッブーン!――。それでもミスターは嫌がることもなくシャンパングラスを手に「100万ドルの笑顔」を貫いた(写真)。このワンショットは長嶋監督にも気に入ってもらい、後にパネルにしてプレゼントしたところ大いに喜んで自宅に飾ってくれた。

 これは余談だが、この写真のご縁もあって1年後に行われた私の結婚式では長嶋さんにビデオレターで祝福メッセージをいただいた。長嶋さんと同い年で巨人ファンひと筋の父は涙を流すほどに感激したことで、これ以上ない親孝行ができたと今でも思っている。それも全ては私のような凡人に対しても、普通に接していただけた長嶋さんの素晴らしい「心遣い」のおかげだった。

 ちなみに長嶋さんは祝福メッセージの冒頭で「紙谷君には、現役時代から大変お世話になり…」とあいさつ。私は1968年生まれでミスターの現役時代は幼少期…。婚礼の場でさく裂した「長嶋ワールド」に妻や親族ともども大爆笑させてもらったのは、一生忘れられない思い出だ。

 何もお礼ができなかったことは、今も悔いが残る。とはいえ、長嶋さんの自宅に飾ってもらったベストショットを撮れたことはカメラマン冥利に尽きる。振り返れば90年代後半、広島市民球場での試合前にミスターの専属広報を務めていた小俣進さんから幾度となく頼まれ、長嶋監督のために大好きな「穴子弁当」を買いに行ったこともあった。そういう意味では、多少の恩返しができていたのかもしれない。

 スーパースターにもかかわらず誰にでも平等に接し、相手が緊張しないようにユーモアもまじえてコミュニケーションをとる。いろいろなことを間近で学ばせていただき、ありがとうございました。あらためてご冥福をお祈りいたします。