【炎の飛龍 藤波辰爾の軌跡 一心己道(27)】1986年6月12日大阪城ホール大会のIWGPヘビー級王座決定リーグ公式戦で前田日明と激突した。今までにはないほどの緊張感、危機感を持ってリングに上がったつもりだったが、容赦ない前田の蹴りを浴び続ける展開となった。

 そしてアクシデントが起きた。コーナーに追い込まれると、前田の大車輪キックで右のこめかみ付近を切ってしまい大流血に追い込まれたのだ。逃げ場がなかったのは確かだけど、あの大車輪キックは見えなかった。今振り返るとラッキーな部分もあって、あと数センチ当たる場所がずれていたら俺は失明していたかもしれなかったからね。

 その瞬間までも前田に蹴り続けられるサンドバッグみたいな状態が続いていた。それでも蹴りで倒れるわけにはいかんという信念と意地があった。どうにかして前田とプロレスでスイングさせる展開に持っていきたかった。彼の蹴りをすくったり、サソリ固めを繰り出したり…結局のところ、お客さんが沸くのはそこだけなんだ。そういう試合の中で、前田も少しずつプロレスに目覚めてきたのが分かった。やっぱりお互いにカール・ゴッチさんの弟子だというのもあったと思う。

 最後は前田のニールキックと俺のジャンピングキックが相打ちになって両者KOとなった。この試合は、この年の東京スポーツ新聞社制定プロレス大賞のベストバウトに選ばれた。やっぱり自分の中でうれしかったし、自分自身も体を張って戦ったから賞にふさわしい試合だと胸を張れた。あそこで万一、KOでもされていたら、今の新日本プロレスはないと断言できる。新日本プロレスのプライドを守った試合だったと感じた。前田もあの試合で救われたと思うし「無人島だと思ったら仲間がいた」という言葉が、それを表していると思う。

 ところで前田という人間は、初対面からして強烈だった。78年に約3年8か月ぶりの凱旋帰国となった俺が練習しに野毛の道場に行ったら、その日はたまたま休みで、みんな花見をやっていた。無礼講で酒を飲んでるから半分できあがっていた状態の中、ふと見ると背の高い練習生がやたらと大声を上げて暴れまくっている。周りの選手も逃げ回ってると思ったら、よく見るとその練習生は包丁を手に持って追いかけ回してるんだよ。それが前田だった。

 最初はふざけてるのかと思ったら目が据わっているし、何とか俺やミスター高橋さんや何人かで取り押さえて。それでも騒ぐもんだから手と足を縛って、みんなで担いでアイツの部屋に放り込んだんだ。いやあ、とんでもないよ…。ヘタすると大事件になっていた可能性もあるけど、前田という男は、常識では計り知れないヤツだったね。