【炎の飛龍 藤波辰爾の軌跡 一心己道(25)】1985年の思い出の一つには、テーマソングを「ドラゴンスープレックス」から「マッチョ・ドラゴン」に変えたことが挙げられる。
知人に勧められたのがキッカケだったんだけど、この曲で困ったのは俺が歌うレコードとして発売が決まったことだ。当時はスポーツ選手が歌唱したレコードを出すケースが多く、日本のレスラーでもジャンボ鶴田さんやマイティ井上さんが出していた。だから新日本の宣伝担当も選手に歌わせようとして、会社に押し切られる形で話が決まってしまった。
ガイアナ系英国人でレゲエ歌手のエディ・グラントが84年に発表した「街角ボーイズ」が原曲で、日本語の歌詞をつけてアレンジしたんだけど、俺は普段はカラオケでもあまり歌わないタイプ。なかなか曲に乗れなくて、レコーディング前には先生についてもらってだいぶ練習したんだ。
俺自身があんまり歌が得意じゃなかったこともあって、曲が出来上がるとレスラー仲間の中で結構話題になってね…。道場の中でも「マッチョ・ドラゴン」をかけたりして、みんなしてイジってくるわけ。試合会場での練習中にも同じようなことが繰り返されるものだから、冷やかされてる気分になって、デッキからカセットテープを抜き出してハンマーで壊したこともあったね。誰が曲をかけていたかって?(ドン)荒川とか橋本(真也)だったんじゃなかったかな。
その後も「マッチョ・ドラゴン」はバラエティー番組なんかで芸人さんたちに面白おかしくネタにしてもらっていた。すると、発売から37年後の2022年9月、NHKの「1オクターブ上の音楽会」でこの楽曲が取り上げられることとなり、番組内で37年ぶりに歌声を披露することになったのだから世の中は分からないよね…。
最初は乗り気じゃなかったんだけど、長男のLEONAから「やった方がいいよ。NHKだったら変にイジるんじゃなくて、何かちゃんとした意図があるんだよ」と説得され、出演を決めた。すごく大きなスタジオでセット組んでもらって、ダンサーまで呼んでもらった。バンドも一流の人ばかり。でも、しばらく歌ってないもんだから、曲についていけない。何回も撮り直し、撮り直ししているうちに収録がどんどん長引いて、午前10時に入ったのに終わったのは午後5時になっていた。たった1曲歌うために長時間付き合ってくれた関係者の方々には感謝しかない。
番組の反響はすさまじく、11月にはオリコンのデーリーチャートで4位にランクインした。いろいろあっただけに思い出深い曲だし、今後どこかの試合で「マッチョ・ドラゴン」で入場しても面白いかもしれないね。













