スノーボード女子アルペンの三木つばき(21=浜松いわた信用金庫)は、2026年ミラノ・コルティナ五輪での「金メダル」を最大の目標に掲げている。今季はW杯総合優勝を達成。3月の世界選手権は五輪種目のパラレル大回転で銀メダル、非五輪種目のパラレル回転でも金メダルを獲得したが、当の本人は満足していない。期待のスノーボーダーが単独インタビューに応じ、頂点への思いを激白した。

 ――意外とスノーボード以外のスポーツは苦手

 三木 運動能力が一番養われる幼少期にスノーボードしかしていなくて、ボールに全く触ってこなかったので球技は全然できないです。地元の少年野球大会で始球式をやったことはあるけど、デッドボールを当ててしまいました…(笑い)。でも24年6月に呼んでいただいたサッカーのジュビロ磐田さんのキックインセレモニーは上手にできたので120点満点です。(在学中の)日体大で授業の合間とかにサッカー場に行って友達とたくさん練習したので…(笑い)。

 ――昔は柔道や陸上などのスポーツもやっていた

 三木 スノーボードはそれなりに昔から結果を出すことができていたけど、すごい人気というわけでも、日本で競技人口が多いというわけでもない。世界はもっと広いし、自分の違う面に視点を向けて、調子に乗らないようにという両親の思いもあって、夏の間は他のスポーツをやっていました。スノーボードの世界だけで生きていたら勘違いをしてしまっていたと思うので、両親には感謝しています。

 ――視野が広がったことで自身の現在地を冷静に分析する力がついた

 三木 正直に言うと、ミラノ五輪での金メダルは今のままでは無理だと思っています。今季は飛躍の1年になったけど、今季以上の伸びがないと(五輪2連覇中のエステル)レデツカ選手(チェコ)には勝てない。でもあきらめるつもりは全くないし、やりすぎて良くないことはないので、やりすぎるくらいで頑張りたいです。

 ――メンタル面でも課題が垣間見えた

 三木 ミラノ五輪にいつも通りで挑もうと思っても、なかなかできないと思っています。大きなものを背負って試合に出るので、世界選手権前は過剰に「連覇します」と言って、自分にプレッシャーをしっかりかけました。その必要以上のプレッシャーに打ち勝たないといけないと思っているが、こんなにプレッシャーを感じた試合は初めてだなと思うくらい大変でした…。

 ――世界選手権の経験をどう生かすのか

 三木 120%を出し切るのは簡単じゃないので、120%を出せなくてもしっかり戦えるような実力をつけたいです。世界選手権のパラレル大回転は予選の2本で優勝したレデツカ選手に合計で3秒以上差をつけられたので、その差と向き合っていかないといけないです。オフの間に必要な筋力や身体能力を身に付けていきたいし、昨季と同様に最大筋力を上げていきたいです。あとは体を三次元的に使えるように、体幹とバランスを鍛えて自由度も上げていきたいです。

 ――毎年半年ほど海外で過ごすなど、金銭的な負担も大きい。スポンサーへの恩返しの思いも強いのでは

 三木 今も新規のスポンサーを探していて、自分たちでチーム(ジートリム=GiitdLim)をつくってやっているので、どうしてもお金はかかってきますし、尽きない問題ですね。でも私が生まれ育った静岡は雪の降らない地域なので、なかなかスノーボードと関わりがない中でも、スポンサーや地元の方々が私の活動を理解してくださるのは本当にありがたいです。ミラノ五輪で金メダルを持って帰ってくることができたら、応援してくださった人たちや支えてくださった人たちに直接見ていただけるような機会をつくりたいです。

 ――ちなみにミラノ五輪で金メダルを取ればアイスのCMが来るかも

 三木 小さい頃は1年分アイス食べたいとか言っていたくらい好きでしたからね(笑い)。アイスは本当に好きなので、もしCMが来たらうれしいですね。

 ☆みき・つばき 2003年6月1日生まれ 長野・北安曇郡白馬村出身、静岡・掛川市育ち。父の影響で4歳からスノーボードを始める。9歳からシーズン中は単身で長野に山ごもりし、12歳でプロ登録を果たす。15歳でW杯の舞台に立つと、18歳で22年北京五輪に出場した。23年世界選手権パラレル大回転で日本勢初優勝の快挙を達成。25年世界選手権はパラレル大回転で銀メダル、非五輪種目のパラレル回転で金メダルに輝いた。173センチ。