【達川光男 人生珍プレー好プレー(35)】これまで書いてきた通り、県立広島商高の先輩でもある三村敏之さんや江夏豊さん、衣笠祥雄さんといった先輩方に支えられ、ときに厳しい指摘も受けながら入団から5年間にわたり水沼四郎さん、道原裕幸さんに次ぐ第3捕手として下積み生活を送ってきました。そして、ようやく正捕手の座をつかんだのが6年目の1983年です。
前年オフに水沼さんが金銭トレードで兼任コーチとして中日に移籍されたことも追い風になったのですが、これとは別に首脳陣の心証を良くする出来事が83年の春季キャンプ中にあったのです。
当時はキャンプの休みといえばゴルフや釣り、パチンコ、マージャンなどをして過ごすのが定番だったのですが、ふと思い立って同じ宮崎の青島でキャンプを行っている巨人の練習を見学しに行ったことがありました。いったい、どんな練習をしているのか気になっていたし、高校時代に甲子園で戦った江川卓や、ドラフト同期で入団3年目の80年からレギュラーに定着していた捕手の山倉和博がいかに腕を磨いているのか個人的に興味もあったものでね。
カープのキャンプ地である日南の油津(あぶらつ)駅前からバスに揺られること約1時間。幸か不幸かファンに気づかれることもなくじっくり見ていて思ったのは練習量の少なさでした。大げさじゃなしにカープの約半分。こんなもんなんか…と逆にショックを受けたほどです。特に収穫もなく日南へと帰ったのですが、この思いつきの“巨人キャンプ視察”が予想外の方向へと転がりました。
日南で行きつけにしていた中華料理店でポロッと話したところ、何日かして店主が同じくひいきにしていた同い年の山根和夫に「山根ちゃんは昼からパチンコやらゴルフやらしよるっちゃろ? たっちゃんは巨人を丸裸にしとったって」と少しばかり“色”をつけて伝えたようでね。山根には「おまえ、巨人の練習を見に行ってたんか。研究熱心やな」と驚かれ、それが巡り巡って古葉竹識監督の耳にも入ったみたいです。この83年は初めて開幕スタメンにも抜てきされました。
この話には続きがあって、記憶違いでなければ4月29日の阪神戦だったと思うのですが、4安打完封した山根が試合後の囲み取材で「達川のリードが良かった」と褒めるついでに、キャンプ中の敵情視察エピソードも明かしたようで「達川は勉強熱心だ」というイメージが広がりました。
周りからの見る目が変わったことで、それまで恐る恐るだったサインも自信を持って出せるようになったのだから不思議なものです。この山根にしても、バッテリーとしての信頼関係を築くまでには時間がかかりました。組むと打たれるの繰り返しで、山根の登板日にはスタメンから外されるどころかファームの試合に出るよう言われることが多くてね。おかげで大変な目に遭ったことがありました。












