【達川光男 人生珍プレー好プレー(34)】みなさんが「鉄人」と称された衣笠祥雄の名前を聞いてまず最初に思い浮かべられるのは、目を三日月のようにした優しい笑顔ではないでしょうか。実際にそのイメージ通りの方で、後輩の私にも普段から優しく接してくださいました。前回も触れたように、キヌさんの励ましがあったからこそ捕手を続けられたようなものです。

 そんな偉大な大先輩に一度だけきつく叱られたことがあります。時期ははっきりと覚えていないのですが、レギュラーになった後のことなので入団7年目とか8年目だったと思います。時系列的に話は前後してしまいますが、少しお付き合いください。

 北別府学が先発した試合でのことです。その日は珍しく立ち上がりから直球、変化球ともにキレがなく、コントロールも悪くてね。受けている私もイライラしていて、四球を出したタイミングでマウンドに行き、守っている野手にも聞こえるような声でゲキを飛ばしたんです。たぶん「どうしたんなら! しっかりせんかい」ぐらいのことを言ったのでしょう。

 すると三塁を守っていたキヌさんがグラブをしたまま腕組みした状態で近づいてきたので「気合入れろ」とか言うのかなと思っていたら、さにあらず。標的となったのは私のほうで「タツ、何をイライラしてんだ。ペー(北別府)は一生懸命に投げているだろ」と切り出したのです。

「ペーは何がいいピッチャーなんだ?」

「コントロールです」

「だったら1球1球、丁寧に投げさせたらいいじゃないか。球にキレがなくたって、抑えさせるのがおまえの仕事じゃないのか?」

 まったく、おっしゃる通りでした。県立広島商高時代にバッテリーを組んだ佃正樹に甲子園球場で「おまえの構えたところに投げたいんじゃ」と言われ、試合中にピッチャーを孤独にしてはいけないと学んだはずだったのに…。

 野手に打てない日があるように、投手だって調子の悪い日はある。そんなときでも、悪いなりに抑えられるように導くのが捕手の仕事――。そう気づかせてくれたのがキヌさんだったのです。

 そういえば、ソフトバンクでヘッドコーチをしていたときにもキヌさんから注意されたことがありました。2017年の春季キャンプ中に行った紅白戦でのことです。

「積極的に走ろう」というチーム方針もあったのですが、両軍合わせて12盗塁は走られ過ぎだと、レギュラー定着を目指していた甲斐拓也に叱咤激励したことがありましてね。翌日だったか何日か後だったか忘れましたけど、朝7時にキヌさんから「あんまり怒るなよ」と電話をいただいたことがあったんです。テレビのスポーツニュースか新聞で私が甲斐に厳しく言っていることを知り、放ってはおけなかったのでしょう。

「キャッチャーっていうのは怒られ過ぎると嫌になるんだよ」。自身の体験談を話すことで、なかなかレギュラーになれなかった私を勇気づけてくれたキヌさんは、同じ話で「指導者とは――」を教えてくれたのでした。

 入団6年目で初めて開幕スタメンに名を連ね、正捕手となるまでには、そうした先輩方からの貴重なアドバイスや苦言があったのです。