【達川光男 人生珍プレー好プレー(31)】現役通算206勝193セーブの大投手、江夏豊さんとの初バッテリーは、入団2年目の1979年5月12日、旧広島市民球場での巨人戦で実現しました。前夜の同カードで4回6失点と打ち込まれていた江夏さんは5―7の9回から登板。2点ビハインドとはいえ、心臓はバクバクでした。
恐る恐る「サインはどうしましょうか?」と尋ねると「テキトーに出しとけ」と言われ、いざサインを出そうとしても緊張で指が動かない。まずストレートだと頭で考えていても、右手は股間の前でグーになったまま。人さし指を伸ばすことさえできなかったのです。
しかし、マウンド上の江夏さんは「うんうん」とうなずき、ズバッと投げてくる。そもそも私のサインなど関係なかったのでしょう。あわあわしているうちに江夏さんは先頭の中井康之さんから三振を奪い、王貞治さんは右飛、平田薫さんを中飛に打ち取って無失点に抑えてしまいました。私は次々と投げ込まれる直球や大きく曲がるカーブを捕球するのに必死でした。
確かに江夏さんはルーキー時代の私に「捕手で一番大事なのはキャッチングだ」とおっしゃっていました。つまり、初バッテリーでテストされたわけです。ノーサインでも、ちゃんと捕球できるかと。2度目に組んだのは同16日の甲子園球場での阪神戦。初めて勝ち試合でのコンビとなりました。
スタメン出場の水沼四郎さんが2―2の4回に代打を送られ、続いてマスクをかぶった道原裕幸さんも2―4の7回に死球で出塁すると、代走を送られて交代。その後に代打で出た内田順三さんの3ランなどで一挙6点を奪って逆転したのは良かったのですが、ベンチに残っていた捕手は私だけ。7回裏からマスクをかぶり、8回から江夏さんの球を受けることになったのです。
さすがに2度目は指も動いてサインを出せましたが、江夏さんはサインとは関係なく投げたいように投げたいボールを投げてくる。ただ、何試合か組んでいるうちに「おまえのサイン通りに投げるから」と言っていただきました。
記憶が正しければ、やはり水沼さんと道原さんが途中交代し、初めて1点リードの9回に江夏さんとバッテリーを組んだ6月3日の札幌・円山球場での大洋戦でのこと。無失点で締めくくり、古葉監督が「ユタカ、ナイスピッチング」と賞賛する中で、江夏さんに「ナイスリード」と言われたときには誇らしい気持ちになったものです。
サイン通りに投げてもらえるようになると、今度は「初球の入り方」と「インコースの使い方」という新たな課題を与えられました。特に初球というのは、江夏さんほどのキャリアがあっても何から入っていいのか分からないことがあったそうです。「いい初球を投げさせられるのが、いいキャッチャー」とも言われました。初球でファーストストライクを奪えばバッテリーは優位に立てるからです。まあ、これが難しいんですけどね。
そういえば91年の日本シリーズ中に、すでに現役を引退されて評論家となっていた江夏さんから「あれだけ初球の入り方に気をつけろって言っただろう」とカミナリを落とされたこともありました。まあ、その話はいずれ。












