【越中詩郎GET BACK~反骨のサムライ血風録~(11)】1984年3月8日。三沢光晴とともにメキシコの地に降り立った。最初に「来週のメインでアレナ・メヒコデビューだから」と言われ、紹介のためにアレナ・メヒコのリングに上がった。いきなり何万人の前にだよ。
そうしたら「コシナカ」と言ってるヤツが一人もいないんだ。こりゃダメだなと思ったね。呼んでくれる名前じゃないと。でも「シロー」「シロー」とは言われる。三沢も「ミサワ」と言ってくれる。シローとミサワは大丈夫だから、その呼び名の前に何かつけないとダメだと思ったんだよ。
次の日、オフィスに呼ばれていたんでタクシーに乗ったら、日産の車だった。「この車、何ていうの?」と聞いたら「サムライ」だと。「日産の車、他にも何かあるの?」と聞いたら「カミカゼ」と教えてくれた。「三沢、決まったな」だよ。オフィスで、名前を「サムライ・シロー」「カミカゼ・ミサワ」に変えてくれと言った。それで試合に出たら「サムライ! サムライ!」とやんやだよ。向こうの人は日産の車がカミカゼ、サムライとわかっているから当然。改名して良かった。反応が違ったから。
メキシコでは365日が試合だった。日本人は俺と三沢しかいなかったんで、プロモーターとしては欲しいじゃない。いろいろなところに呼んでもらい、土日は2試合やらされたりとかしたね。
月曜日にオフィスに1週間のスケジュールが張られるんだけど、交通費は実費で節約したければバス。2000円くらいで帰ってこられるけど、片道8時間かかる。飛行機だと45分、2万円くらいかな。泊まるとホテル代が約5000円。ギャラは歩合制で「今日は1000人入ったから1万円ね」みたいな感じだった。ただ、アレナ・メヒコに週末に出るとケタが違う。4万~5万円以上になる。終わってギャラを取りに行かないと、いくらなのか金額がわからないんだよね。
「三沢よ、今日はクタクタだよ。飛行機で行こうぜ」とか言って、たまに飛行機も使ったな。一番ビックリしたのが、空港で外を見たらプロペラ機が平衡になって止まってないんだよ。昔のゼロ戦みたいなタイプで。係員が羽根を必死に回している。「これに乗っていくの? うそだろ」って。しかも機内に入ったら雨漏りしていて「もう日本に帰れないな…」って思ったよ。
あとグアテマラはギャラがいいという話を聞いて「じゃあ行く」となった。だけど現地の空港に着いたら、丘の上から戦車がやってきて、政府軍と反政府軍のドンパチが始まっちゃって。「折り返しでメキシコに飛ぶから、シロー、早く乗れ!」ってね。すぐ飛んでくれたから命拾いしたよ。そんなとき、日本のジャイアント馬場さんから電話があったんだ。













