【越中詩郎GET BACK~反骨のサムライ血風録~(8)】1978年に入団した全日本プロレスの若手時代、ジャイアント馬場さんの付け人を務めた時期があった。大仁田厚のオッサンが付け人だったんだけど、彼が海外遠征に行くと決まり、俺が後藤政二(後のターザン後藤)に押し付けたんだよ。その代わり、俺はジャンボ鶴田さんの面倒を見たり、外国人選手のアテンドしたりして、しめしめと思っていた。
そうしたら、後藤のバカが1週間もしないでクビになってさ。馬場さんから直接電話があって「テメー、コノヤロー、越中、お前がやれ!」って。あっ、バレちゃったかって(笑い)。
とにかく馬場さんの付け人は大変だよ。当時は年間200試合くらいしてたんだけど、まず自分の時間が全然ない。朝、馬場さんを起こしに行くと「バスに乗らない」と言うんだよ。慌てて大きい荷物を後藤とかに言って詰めて「バスに積んで宿舎に降ろしてくれ」って指示して。俺はショートケースを持って馬場さんと駅に行く。
そこでチケットを買ってくれればいいけど「入場券でいい」って、汽車に乗って車掌が来た時に料金を払うんだよ。これが面倒くさい。しかも疲れているからウトウトしちゃうじゃない。そうしたら「ファンが来て『サインしてくれ』と言われて俺が起こされたらどうする? お前が寝てどうするんだ!」って怒られる。だから寝られない。
ようやくホテルに着くと、真っ先にやることがある。備え付けのベッドは短いので、209センチの馬場さんのために延長をつくらないといけない。そうしたら、今度は延長した部分が硬いとか軟らかいとか高さがおかしいとか、とにかくうるさいんですよ…。
地方巡業では食事まで「一緒に来い」と言われる。本当はてめえで飯を食いたいんだけどね。そして気をつけないといけない部分がある。あれは確か富山だったかな。「好きなもん食え」と言ってくれればいいけど、すし屋でトロとかウニを頼むと「お前、ウニ食ったな、コノヤロー!」と怒られるから。食後もすぐ寝てくれればいいんだけど、ホテルのラウンジで午前1時、2時までコーヒー飲んで寝てくれない。こっちはまだ洗濯もしなきゃいけないし。もうクタクタだよ。
時には馬場さんのタイツに霧吹きをシュッシュとかけて「洗いました」って渡したこともあったな。それくらい知恵を使わないと休めないからね。ただ、ブッチャーが参戦しているときに、シューズのヒモを拭かないときがあったんだよ。そうしたら「何で血がついてんだ、コノヤロー!」って怒られた。毎日ヒモを外して洗ってらんないよ。もう「アブドーラとはやらないでくれ」って思ったね。馬場さんの話はまだまだあってさ…。













