【昭和~平成スター列伝】ノア2日の有明アリーナ大会で、丸藤正道と飯伏幸太(AEW)が実に15年越しとなる待望の初シングル戦を行い、飯伏が前後からのカミゴェ3連打で劇的勝利を決めた。両者は2009年4月と10年7月にシングルが組まれたが、お互いのケガで実現しないまま時が流れ、ファンにとっては心待ちにしていた待望の一騎打ちだった。

 勝った飯伏は試合中に両足を負傷して救急車で搬送され「右脛腓靱帯断裂を伴った右足関節外側靱帯群の複合損傷」の重傷であることが判明。左足も別途精密検査を行い、治療に専念する予定であることが発表された。飯伏は自身のX(旧ツイッター)で「本当に本当に申し訳ありません」とつづったが、謝る必要などない。身を削る激闘で見る者の心を打っただけに一日も早い回復を待ちたい。

 飯伏と丸藤の出会いは19年前にさかのぼる。当時、まだデビュー10か月目だった05年5月7日にジュニアタッグトーナメントの「ディファカップ」に抜擢され、当時ジュニアのトップに君臨していた丸藤、KENTAの「丸KEN」コンビと1回戦で激突(パートナーはKUDO)。KENTAのヒザ蹴りに沈んだが、天才的な動きで“インディーの超新星”と呼ばれる出世試合となった。

 その後も06年にビッグマウスラウド後楽園でタッグ戦で対決した後、07年の「日テレ杯争奪ジュニアタッグリーグ戦」では、丸藤が飯伏をパートナーに大抜擢。得点6の首位で、7月15日日本武道館での公式最終戦を迎えた。相手はKENTA、石森太二組(勝ち点5)。勝てば優勝のチャンスが残されていた。当時のノアジュニアトップ選手たちを相手に、飯伏は互角以上の勝負を展開。まさにジュニアの醍醐味を伝える大激闘となった。本紙は最終戦の模様を伝えている。

KENTAにハイキックを見舞う飯伏。天才的な動きが光った
KENTAにハイキックを見舞う飯伏。天才的な動きが光った

「ジュニアヘビー級タッグリーグ戦はKENTA、石森太二組が最終戦で丸藤正道、飯伏幸太組を撃破して勝ち点7で初優勝を果たした。目まぐるしいスピーディーな攻防に、KENTAが終止符を打った。20分過ぎに飯伏を孤立させると、蹴りを叩き込む。飯伏も最後の力を振り絞り、打撃で反撃するが、KENTAは飯伏の胴回し回転蹴りをキャッチするや、そのまま担ぎ上げて渾身のゴー2スリープで3カウントを奪取。最終公式戦を白星で飾った。直後の鈴木鼓太郎、リッキー・マルビン組対ブリスコ兄弟戦は時間切れ引き分けで両チームとも勝ち点6で公式戦を終了。この時点で単独首位に立ったKENTA組の優勝が決まった」(抜粋)

 この一戦は同年の東京スポーツ新聞社制定「プロレス大賞」ベストバウトにノミネートされる名勝負となり、飯伏には出世試合となった。後に「プロレスラーになって最初に潰しにきてくれたのがKENTAさん。僕にとってのあの試合がタッグ戦のベストバウトです」と語っている。当時、丸藤は「予想がつかないことも多かった。組んでいて本当に刺激になった」と称賛した。飯伏をトップの位置まで引き上げたのは丸藤だったのだ。

 その後、実力を上げた飯伏は09年になって丸藤とのシングル戦を要求するも、前述の通りお互いのケガで2度のシングル戦は流れてしまった。ある意味、この2人は運命の糸に結ばれているのだろう。Xでは弱気な発言をつぶやいている飯伏だが激闘で“恩人”を超えたのだから、恥じる必要は何もない。早期回復と2人がリング上で再び対峙する日を待ちたい。(敬称略)