MLB・ドジャースにFA移籍した大谷翔平投手(29)が日本時間15日に本拠地ドジャー・スタジアムで入団会見に臨んだ。一方、日本では国内FA権を行使したきり音沙汰がない西武・山川穂高内野手(32)に非難ごうごう。侍ジャパン同僚の明暗がくっきりと分かれている。

 大谷の会見には日本、アメリカ、台湾、韓国、ラテン系などのメディア約300人、テレビカメラは約50台が集結。世界のプロスポーツ史上最高の10年総額7億ドル(約1015億円)契約を結んだ二刀流スターの歴史的入団会見を伝えた。

 会見はドジャースフロント陣への感謝の言葉から始まると、古巣・エンゼルスへの感謝も忘れなかった。さらに「今回のFAに際しまして、本当に多くの方とお話をさせていただきました。その他の球団を含めた、球団関係者の全ての皆さんに心から感謝を申し上げます」と、入団に至らなかった交渉球団の関係者にまで感謝の意を表し、世界は偉大なプレーヤーである以前に大谷の人柄をたたえた。

 一方で、ロサンゼルスから約9000キロ離れた日本では国内FA権を行使し、その去就が注目されながら1か月以上も公の場に姿を見せていない西武・山川穂高内野手(32)が、大谷と真逆の対応で非難を浴びている。すでに13日の極秘交渉が明らかとなり、ソフトバンク入りが決定的な状況だが、所属球団である西武側にはこの日も音沙汰なし。11月14日に代理人が書類を提出して以降、音信不通が続いている。

 SNS上には「社会人としてこの対応はどうなのか」「育ててくれた球団に対して誠意がなさすぎる」「立つ鳥跡を濁さず、という言葉知ってますか?」など、西武球団に不義理の限りを尽くす山川を非難する書き込みがあふれている。

 山川と大谷。今年3月のWBCで初めてチームメートとなった2人の野球人生は常に交わることなく、すれ違ってきた。大谷が今や全世界的に知られるマンダラチャート(目標設定シート)に「ドラ1 8球団」の目標を書き込み研さんを積んでいた花巻東高時代、そこからわずか車で20分の距離にある同じ岩手・花巻市内にある富士大でまだ無名だった山川もプロを夢見て4年間、泥にまみれていた。

 2012年に大谷がひと足先に日本ハム入りすると、翌13年に山川も西武からドラフト2位指名を受け、同じパ・リーグ球団に入団。1年目から頭角を現した二刀流と対照的に、山川が一軍に定着するようになったのは大卒4年目。16年に大谷が10勝、防御率1・86、22本塁打でMVPに輝いた翌17年のことだった。大谷のNPBラストイヤーとなったこの年はWBCを辞退することにもなった右足かかとの故障、左太もも裏の肉離れで満足なシーズンを遅れないまま、メジャー挑戦となってしまった。

 山川は大谷がNPBを去った翌18年にレギュラーをつかみ、47本塁打、124打点でパ・リーグMVPを獲得。大谷については「自分が今まで見た中でダントツのナンバーワンは大谷。身長193センチ、あのサイズの体をうまく使いこなせていることが何よりすごいことで頭も相当いい。体の生み出すエネルギーが違う。人間が野球をやっているようには見えない」と才能を絶賛していた。

 野球に向かう姿勢は大谷にもヒケを取らない山川だったが…。学生時代、同じ岩手で野球に打ち込んでいた2人のパ・リーグMVPは、すれ違いながら全く違う野球人生を今生きている。