【取材の裏側 現場ノート】昨年10月に死去した故アントニオ猪木さんの生誕80周年イベント「燃える闘魂・アントニオ猪木展」が、15~26日まで大阪・阪神梅田本店で開催される。今年8月に東京・京王百貨店で催された際には、約3万人が訪れて大盛況に終わった。
〝燃える闘魂〟はなぜ死しても人を引きつけるのか? 弟子の一人は「アントニオ猪木が何者か? それを答えられる人がいたら、会長を知らないことの証しでしょう。永遠のテーマですよ」。
ただ、記者にはこんな思い出がある。新日本プロレスの「暗黒時代」と言われる2000年代のこと。猪木さんは新日本が開いたあるパーティーに出席した。終了後に猪木さんにコメントを求めたが、明らかに不機嫌な表情。いつもなら足を止めて取材に応じてくれるところを、仏頂面のまますたすたと歩き出した。
後に聞いたところでは、パーティーでの扱いが気にくわなかったらしい。「アントニオ猪木」という〝ブランド〟にプライドを持つ猪木さんにとって、それは許されないことだった。それでも追いかけて質問を投げかけたが、生返事ばかりで取材にならない。
そうした状況で、男性ファンが「猪木さん、サインください」と近寄ってきた。猪木さんは立ち止まり「今はちょっと…」と珍しくサインの求めを断った。直前まで体中から怒気を放っていただけに「そりゃ、そうだろうな」と思ったものだが…猪木さんはすぐにお付きの事務所関係者にこう指示した。
「彼の名前と住所を聞いてきてくれ。後でサインを送るから、と謝っておいてくれ」
猪木さんはその後も取材には応じず、会場を後にしただけに強く印象に残っている。実際にサインを送ったかどうかは定かではないものの、亡くなった後、関係者も一様に「会長(猪木さん)のファンサービスはすごかった」と口をそろえる。リングでの活躍はもちろんのこと、そこまでやる? という〝神対応〟も、アントニオ猪木の魅力の一つだったのではないか。
(プロレス担当・初山潤一)












