1日に死去した〝燃える闘魂〟アントニオ猪木さん(享年79)が最も輝いていた新日本プロレスの「黄金時代」には、リング外にも伝説が残っている。中でも「旅館破壊事件」(1987年1月23日、熊本・水俣市)は特に有名だ。リング上で激しく対立していた新日本勢とUWF軍の親睦を深めようと、新日本の坂口征二・現相談役が宴会を催したが、旅館1軒を破壊する大惨事に…。実際、宴会に参加していた記者が事件当日の猪木さんを証言する――。

 プロレスファンの間だけでなく、レスラーたちの間でも伝説となっている新日本プロレスの旅館破壊事件。主役は武藤敬司をボコボコにするなど大暴れした前田日明だったが、猪木さんが何をしていたかはあまり報じられていないので、ここに記しておく。

 乾杯の音頭をとったかどうかは定かでない。おそらく坂口征二だったのではないか。ただ、猪木さんが一気飲みの先陣を切ったのは覚えている。喉を開いて一瞬でジョッキの中身を流し込む得意の飲み方で場を盛り上げた。卓は坂口、古舘伊知郎アナと同じ。記者の卓から5メートルほど斜め左前だったと思う。

 そうこうしているうちに場が荒れ始め、あちこちで乱闘が始まった。前田が武藤、坂口と大立ち回りを演じた後、満を持して(?)猪木さんの真ん前に座った。そして卓に身を乗り出して「なんでUWFに来なかったんですか。なんで俺を置き去りにしたんですか」と泣きながら訴えた。

 周囲に聞かれると都合の悪い話。猪木さんは泣きながら猛り狂う前田をなだめるように小声で何やら言い訳していた。記者のほうを何度もチラチラ見ながら…。

 その後、猪木さんは宴会場から消えていた。後年、その場に居合わせたレスラーたちとの話によると、自室に引き揚げ休養していたそうだ。しかし、その間も宴会場は地獄絵図で、あらゆるものが破壊され、そして大量の吐瀉(としゃ)物がこれまた大量の水に乗って「ズッズッ」とうごめいている。後藤達俊がトイレを破壊して、水まみれにしたらしい。

 ほぼほぼ暴れつくし、前田たちがフルチンでタクシーに乗り込み引き揚げていったころ、猪木さんは再び姿を見せた。大トラになった後藤がオモチャの日本刀を振り回し「猪木連れてこ~い」と最後の大暴れをしていたときだった。猪木さんは背後から「何だ、後藤」と呼びかけると、後藤はあわてて振り向いて「お疲れさまですっ」と深々と一礼。大笑いした猪木さんは、大爆笑する周囲のレスラーたちに掃除を指示したのだった。

 藤波辰爾らが雑巾などを手にゲロの海に立ち向かう。猪木さんは伝説の夜をこうやって締めた。

(元プロレス担当・吉武保則)