【取材の裏側 現場ノート】10月1日に死去した〝燃える闘魂〟アントニオ猪木さん(享年79)は結構、大仁田厚を気に入っていた気がする。

 ストロングスタイルを標榜し、引退後は決して復帰しなかった猪木さんと、電流爆破マッチで邪道を極め、引退と復帰を繰り返した大仁田では、まさに水と油に見える。ただ、猪木さんの〝環状8号線理論〟からすれば、常に世間を相手に戦ってきた邪道こそ最も意識した相手ではなかったのだろうか。

 2000年4月、破壊王・橋本真也(故人)が引退をかけて〝暴走王〟小川直也と雌雄を決する前日のこと。猪木事務所で猪木さんに決戦の見通しを聞いていると、脈絡もなく突然問われた。

「大仁田って、どう思う?」

 大仁田にはFMWの取材で世話になったこともあり、ポジティブな話をした記憶があるが、猪木さんはニヤリと笑ってこう続けた。

「その大仁田がさあ~、橋本につくとかついたというウワサがあるんだ。橋本に何かを吹き込んでいるとか。聞いてる? フフフッ…」

 そんなわけ、ないでしょ。この時点で猪木さん一流の〝仕掛け〟なことはミエミエ。裏取りする話でもない。ただ当時、大仁田は新日マットに参戦していたが、猪木さんはかねて「大仁田嫌い」で知られた。実際、自ら邪道の話題を切り出すことなど、取材では一度もなかった。それだけに「これは乗っておくべきだ」と判断し、決戦当日の「怪情報」として掲載した。

 最後の橋本―小川戦は、「負けたら即引退」の橋本さんが決死の覚悟を見せてスリリングな大激闘に。最後はSTO連発の前に沈んだが、もちろんセコンドに大仁田の姿はなかった。後に聞いた話では、猪木さんが邪道について語る〝禁断〟の記事が掲載されたことで、事務所関係者が「会長、こんなの出てますよ。いいんですか?」と確認のため紙面を本人に見せたという。すると、猪木さんはストレッチしながらこう言って笑ったとか。

「よしよし、大仁田のこと、書いてくれたか。フフフッ…」

 絶対に邪道を認めている。2人は道順は違っても、向かう方向は一緒。「やっぱり、猪木さんは大仁田さんが気になるんだ」と確信したものだ。実際に一度は対戦の話が進んでいたことも知られている。必要とあらば「毒」をも平気でのみ込む器量。やはりアントニオ猪木はすごかった。

(元猪木担当・初山潤一)