10月1日に死去したアントニオ猪木さん(享年79)は、裸一つで戦い続けてきた男だ。元猪木番記者が〝昭和〟の燃える闘魂を振り返る連載第21回のテーマは〝猪木さんとシュート〟。ロサンゼルスの街で身の危険を察知した猪木さんは、意外な行動に出る。 

 猪木さんとロサンゼルスのダウンタウンにある日系のホテルで深夜まで酒を飲んだことがある。我々の宿舎まで2、3ブロックといったところだったので、歩いて帰ろうと提案した。LAのダウンタウンはまぁまぁ危ないとは分かっていたが、何といってもあのアントニオ猪木が一緒だ。たいがいのことは大丈夫だろうとタカをくくっていた。

 最初の角だった。突然、黒人の大きな男が飛び出してきた。そしてオモチャのネックレスを買えと迫ってくる。目を見ると、ちょっと血走っている。猪木さんは即座に「NO!」と拒否したのだが、男はしつこい。あのアントニオ猪木だと全く認識していないようだ。すると猪木さんはこう言った。

「ヤバいな。次の角にもその次の角にも黒人が隠れて立ってる。こりゃ戻ったほうがいいな。戻ってタクシーを呼ぼう」

 猪木さんはすっかり酔いがさめたような顔になっている。私も怖くなって、猪木さんとともに男を振り切って早足でホテルに駆け込んだ。「あいつらが何か持ってたらアウトだからな。やっぱり油断しちゃダメってことだよ」と猪木さん。日本の匂いが濃いLAという街と、猪木さんの存在で私はすっかり気が緩んでいたようだ。平謝りで大いに反省した。

 一時期「シュート」という言葉が流行したことがあった。真剣勝負という意味で使われていたと思う。これに対して、あるベテランレスラーが吐き捨てたセリフを、東スポOBの大先輩・川野辺修さんに教えてもらった記憶がある。

「シュートってのはな、相手がナイフを持ってたら拳銃、拳銃ならマシンガン、マシンガンなら大砲、大砲ならミサイルを持ってくるってことだ。シュートの意味もよく知らないで、軽々に使うもんじゃないよ」

 素手の力道山は凶刃に屈した。そんなこともあって、弟子の猪木さんはシュートの恐ろしさを熟知していたのだろう。シュートが強かったにもかかわらず――。

(元プロレス担当・吉武保則)