10月1日に死去したアントニオ猪木さん(享年79)は、ユーモアセンスにもあふれていた。元猪木番記者が〝昭和〟の燃える闘魂を振り返る連載第20回では、十八番の〝アントンジョーク〟を取り上げる。
猪木さんといえば、ダジャレ。亡くなったばかりのころ、元プロレス担当の楠崎記者が書いていたが、本当に隙あらばブチ込んできた。しかも真面目な話をしているときに、その流れで入れてくるのだから始末が悪い。突然カウンターパンチをくらって脱力することもしばしばだった。
そんな中で、今でも鮮明に覚えているダジャレがある。ということは、猪木さんの会心の一撃となるのかもしれない。登場人物からすると、巌流島決戦(1987年10月4日)の直前ではないかと推測される。そのやりとりを再現しよう。
猪木さん(以下猪木) よぉ、ところで宮本武蔵って子供が何人いたか知ってるかい(半分笑いながら)。
私 え、知らないですね。何人いたんですか。
猪木 知らねぇのか。じゃ、教えてやるよ。いなかったんだ。ゼロ。
私 へぇー、そうなんですね。
猪木 武蔵小金井(うれしそうに)。
私 武蔵小金井?
猪木 武蔵、子がねい。ぬふ、ぬふ、ぬふふふふ(注・笑うのを抑えようとしているが、こらえ切れずに漏れる笑い声)。
私 あ、あ、あ…。
猪木 ヌハハハハハー。
たぶん、真面目に巌流島決戦の戦略なんかを聞いていたのだろう。ああ、それなのに。こんなダジャレをいきなり挟んでくるのだから、いたいけなころの私がどれだけ戸惑ったことか。
ちなみに、宮本武蔵に実子はいないと伝えられている(注・養子はいた)ので、猪木さんは正解を教えてくれていたわけだが、そんなことはどうだっていい。まさに「バカヤローっ」(猪木さん風に)だ。
今もテレビや本などで宮本武蔵という名前が出てくると、猪木さんのこの時のヌハヌハ笑いが浮かんでくる。そして「武蔵小金井…かぁ」と心の中でつぶやいてしまう自分がいる。
(元プロレス担当・吉武保則)












