ポテンシャルは無限大だ。巨人のドラフト1位・浅野翔吾外野手(17=高松商)が14日に香川県内のホテルで入団交渉に臨み、契約金1億円プラス出来高5000万円、年俸1200万円(金額はいずれも推定)で仮契約し、背番号は「51」に決まった。阪神との競合の末に1位指名を勝ち取った高校通算68発の大器にかけられる期待は相当なものだが、そのポテンシャルの高さにはまさかの異種スポーツからも熱視線を浴びていた。
大きな一歩を踏み出した。この日に仮契約を終えた浅野は、やや緊張した表情を受かべながらも「改めて実感が湧いたというか、しっかり気が引き締まったということで、これから頑張っていかないといけないという気持ちになりました」と率直な心境を告白した。
背番号は昨年12月に指導を受けたレジェンド・イチロー氏(49=マリナーズ会長付特別補佐兼インストラクター)も現役時代に背負った「51」に志願の上で決定。「イチローさんにしっかり近づけるように、僕も『ジャイアンツの51番と言えば浅野』と言ってもらえるようにしっかり頑張りたいと思います」と決意を新たにした。
担当の岸スカウトからは「将来的にはトリプルスリーを」と大きな期待をかけられるなど、ポテンシャルへの期待はうなぎ上りだ。実は類まれな潜在能力を誇ることで、意外な異種競技からもラブコールを受けていた過去があるという。
知られざる事実を明かしてくれたのは、高松市内で中華料理店「えびす屋」を営む吉田誠さん。浅野が小学生のころから、現在に至るまで足しげく通った常連店の店主だ。大物スラッガーを幼少期から知る吉田さんは「翔吾は走攻守そろった選手。昔見た時から『この子は絶対にプロ野球選手になる』と確信するほどの選手でしたよ」と力説。
それを証明するエピソードとして、こんな逸話もあった。「高松出身の元プロ野球選手・新田玄気さん(元ヤクルト)のお父さんがプロの競輪選手だったんですが、昔、翔吾の太もも回りや走りを見て『この子は競輪選手になれる。1億円稼ぐ選手になれるよ』とまで言っていたんです」(吉田さん)と白い歯をのぞかせながら回想した。
競輪界の第一線を知る人物からの意外なお墨付きをもらうほどの「脚力」を兼ね備えていた浅野。結果的には競輪に転向することはなく地元で野球を続け、見事にドラフト1位指名を勝ち取ることとなったが、選択によっては「競輪選手・浅野翔吾」が誕生していた可能性もあったのかもしれない。
そんな仰天過去を振り返りながら吉田さんは「今となっては笑い話です」と懐かしむ。浅野が類いまれな能力をプロの舞台で存分に発揮する日を地元・高松はもちろん、競輪界の関係者も待ちわびている。












