【核心直撃】背番号25は復活するのか――。巨人・村田修一内野手(34)は103試合の出場にとどまり打率2割3分6厘、12本塁打、39打点と物足りない成績でシーズンを終えた。来季は3年契約最終年。三塁手争いも激化する。かつての2年連続本塁打王が輝きを取り戻すには何が必要なのか。横浜時代の“育ての親”で、新設された二、三軍の「ファーム巡回打撃コーチ」に就任した田代富雄氏(61=前楽天打撃コーチ)に聞いた。

 ――巡回打撃コーチ就任後は三軍の育成練習を中心に見た。印象は

 田代氏:みんないいよ。個人名は言えないが、育成選手でもすぐに支配下登録できるような選手はいっぱいいる。可能性がある選手が多いと感じたね。巨人の雰囲気? 俺は年だし、みんなが気を使ってくれる(笑い)。力まずやっていくよ。

 ――教え子の一人に村田がいる。チームは違ったが、今年の村田を楽天からどう見ていた

 田代氏:それはやっぱり心配だったよ。いくらリーグの違いはあってもね。テレビで見ていても「このままで終わっちゃいけない」と思っていた。思うことがあれば、内田さん(順三一軍打撃コーチ)と相談しながらね。

 ――三塁手は岡本が台頭、クルーズも加入した

 田代氏:刺激し合っていけばいいと思うよ。結局のところは打たなくてはいけない。どのチームでも結果を残さなければ使われない。それがプロの世界だから。

 ――今年の不調の原因はどこにあると思うか

 田代氏:俺も経験があるけど、ずっとレギュラーでやってきて試合に出たり出られなかった時の気持ちの持ち方なんじゃないか。俺も経験者だから修一の気持ちもよく分かる。打ち方や技術的なこともあるだろうが、気持ちの方が大きいんじゃないか。でも、どんな選手でも絶対に順風満帆にはいかない。何とか這い上がってほしいと思っているよ。

 ――現役時代は結果が出ずに気落ちした時はどう乗り越えたのか

 田代氏:バットを振り込んだ。練習して少ないチャンスを自分でモノにするしかなかった。出た時は「全打席ヒットを打つぞ」という気持ちでやっていたね。俺も3回ぐらい“干された”が、そうやって這い上がった。修一も、気持ちの持ち方をもう一度見直さないといけないかもしれないな。(監督も代わり新チームとなって)気持ちの面は変えやすい環境ではあると思うしね。

 ――今年は打撃フォームの試行錯誤を繰り返した。横浜時代とはまるで違う形になった

 田代氏:全然違うね。ただ、形は変わっていくもの。毎年反省して来年はこうしようと考えるものだしね。変わることはいいこと。でも打撃は難しい。気づくと「何でこんなことで苦労していたのかな」と思うことがある。その“気づく”ことが一番難しいんだよ。そこらへんは俺なりに、内田さんと見ていこうと思っているよ。

 ――村田も教えを心待ちにしていた。メッセージを

 田代氏:来年はもう35歳か。もうひと踏ん張りだな。ユニホームを少しでも長く着られるように頑張ってほしい。ユニホームは脱ぐのは簡単だよ。着るのは大変だけどね。俺は37歳で現役を辞めた。その後、3年ぐらいは現役に未練があったもんな。1年でも長くやってほしい。ユニホームにしがみつくんじゃなく、堂々とユニホームを着てほしい。