【長嶋清幸 ゼロの勝負師(40)】2018年まで中日でコーチとしてお世話になり、翌年は編成の仕事をすることになった。振り返ってみると、俺って今まで自分から就職活動をしたことがなかった。何かあったら誰かが連絡をくれて移籍し、新しい監督を支えてきた。今回ばかりはいい話がなく、森繁和さんも聞いてくれていたんだけど、まとまらない。
もう潮時かもしれない…自分の中でそうなった時にずっと考えていたことはアマチュアの指導。09年に韓国プロ野球のサムスンライオンズに指導者として行った時に「純粋な選手はこんなふうに化けるんだ」というのを経験させてもらっていたから、いつかアマチュア見てみたいな、とは思っていた。それで指導者資格を回復させた。でも、フタを開けると、そんな甘いもんじゃない。アマ指導のチームに決まった人って結局、母校のOBとかそんなのばかり。ヨソの高校から声なんてかからない。おカネも出せないとか、そんな話になってくる。
今までいろんな人が資格を回復させたといっても、そのうち何人が指導者になれているか。プロ野球に入るより難しい。なのにわざわざ東京まで行って講義を受けて…。俺に言わせりゃ何だったんだって。それもこっちからの営業はできないんだよ。出身校とか、誰かの紹介とか、そんなのばかり。スカウト経験があれば、アマチュアとのつながりができるからまだいいけど、資格を取っただけのぬか喜びで何も話がないんじゃ、どうにもならん。
現役時代、30歳くらいから漠然と「俺は野球をやめたらサラリーマンができるのかなあ」と思っていた。会社勤めなんかできない。周りを見ると飲食をやっている人がいたから、自分もそうするしかないのかなあって。かといって飲食に興味があるわけでもなく、生活する上でサラリーマンよりは、小さくても城を持ってやるほうがいいと。
ゆっくり休んでも、その時間がムダになっちゃう。森さんに「1年たったら、またいろんな話が出てくるぞ。1年遊んどけ」と言われたけど、その1年がムダに感じてしまうし、俺って家で寝転がって過ごすのが好きじゃない。07年、08年はテレビ中継の解説の仕事をもらってやったけど、カネにならなくても野球に携わる仕事はできた。せめて今回も携わりたかったけど、それもない。テレビ解説といっても月に何本かあるくらいで、それだけで飯が食えるわけではないしね。
飲食をやるとなれば、料理や経営の勉強が必要になってくる。俺って勉強して準備するんじゃなくて、やりながら学んでいくタイプ。無から、動きながら覚えていく。今の「元祖台湾カレー」は自分の知り合いがオーナーをやっていて、犬山店と千種店の2店舗があった。千種のほうは名古屋市内で駅の近くである程度、お客が入る。でも市外の犬山店が厳しいらしい。そんな時に「マメさん、台湾カレー、やってみんですか?」と声がかかった。
☆ながしま・きよゆき 1961年11月12日、静岡県浜岡町(現御前崎市)出身。静岡県自動車工業高から79年ドラフト外で広島入団。83年に背番号0をつけて外野のレギュラーに定着し、ダイヤモンドグラブ賞を受賞。84年9月15、16日の巨人戦では2戦連続のサヨナラ本塁打を放って優勝に貢献し、阪急との日本シリーズでは3本塁打、10打点の活躍でMVPに輝く。91年に中日にトレード移籍。93年にロッテ、94年から阪神でプレーし、97年に引退。その後は阪神、中日、三星(韓国)、ロッテでコーチを続けた。2020年に愛知のカレー店「元祖台湾カレー」のオーナーとなる。












