巨人・ガルベスが乱心 球審めがけ剛速球

2020年04月30日 16時30分

ベンチ前から審判に向かって剛速球を投げつけるガルベス。左はダンカン(98年7月31日)

【球界平成裏面史(15) 巨人・ガルベス、審判恫喝暴投事件の巻】巨人・ガルベスが球史に残る暴挙に出たのは、前回小欄に書いた「巨人VS阪神大乱闘事件」の2日前のこと。平成10年(1998年)7月31日、甲子園球場での試合中、あろうことか、審判に剛速球を投げつけたのである。

 6回、ガルベスが坪井に対し、カウント2―1からストライクと自信を持って投げた145キロの内角直球を、橘高球審がボールと判定。この直後、坪井に右翼越え本塁打を浴び、長嶋監督が橘高球審に投手交代を告げた。

 当のガルベスは降板よりボール判定に怒り心頭。スペイン語で何やらわめくと、橘高球審に詰め寄ろうとした。

「何やってるんだ!」

 長嶋監督がガルベスを怒鳴り、背中を押してベンチ前まで来た次の瞬間だった。ガルベスが尻ポケットからボールを取り出し、本塁近くにいた橘高球審めがけて思い切り投げつけたのだ。

 シュート回転した剛速球が橘高球審の頭上高くにそれる。すると、審判団全員がベンチに駆けつけ「退場、退場!」。ガルベスがまた審判団へ突進し、止めようとした吉原が顎に強烈なヒジ打ちをガツンと食らう。口の中を切って出血し、とんだトバッチリとなった。

 ガルベスの審判不信には、来日当初から根深いものがあった。現に、5月の横浜(現DeNA)戦でも「ヤツは横浜の味方か盲目だ!」と谷球審を罵倒している。

 橘高審判への暴挙に対し、巨人は罰金4000万円、強制帰国、無期限出場停止と厳罰を科した。すると、ガルベスは8月14日の帰国前、こう開き直った。

「甲子園じゃ鬱積(うっせき)していた不満とストレスが、火山みたいに爆発した。審判の全員が悪いわけじゃないけど、あの2人(橘高と谷)の判定は頭の中にある。(橘高審判への暴挙は)後悔してない。あれはただの事故さ」

 事件から1週間後の8月7日には、ガルベスと仲の良かったダンカンが東京ドームのベンチ裏で大暴れ。中日戦で代打出場し、空振り三振してベンチ裏に帰ってくると、2メートル四方のスイング用大型ミラーをバットで叩き割ったのだ。

「巨人はバカな野球をやってるよ! 相手投手は右(宣銅烈)なのに(左の)吉村(現巨人作戦コーチ)がなぜか代打を断った。それで(右の)オレがいけと突然言われたんだ。打てるわけがないだろう。だいたい、オレは4打席で結果を出すタイプなのに代打ばかりだ。監督やコーチも何も説明してくれない」

 結局、ダンカンはこの平成10年限りで退団。ロッテから移籍してきたヒルマンも「左肩に小錦(元大関)が乗っているようだ」と訴えて5月に帰国するなど、この年はお騒がせ外国人が多かった。

 そんな中、無期限出場停止を受けたガルベスは翌11年も残留。巨人史上初の「外国人開幕投手」となったのだから、タダ者ではなかった。

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