【元局アナ青池奈津子のメジャー通信】大リーグには語られ足りない物語がたくさんある。例えば、クローン病を抱えたセドリク・ムリンスだ。

「自分はものすごく平凡な男だと思うよ。家族、ビデオゲーム、あとは食べることが大好き。おすしでも何でも新しい味を試すタイプ」。大リーガーあるあるで、年間1500人前後がプレーする世界にはすごい人がゴロゴロしているせいか、自分のことを「ごく一般的」とか「平凡」と評する選手が結構いる。

 セドリクもその一人。「ボルチモアにあった日本食レストランで小さなカニを出されて、殻ごと全部食べるんだよと言われたことが今までで一番斬新だったかな。カニは殻から身を出して食べるものだと思っていたから。家族はビビッて僕だけが挑戦したけど、バリバリと新食感でおいしかった」。ひとまずグルメの話をしていたら「あ、やたら早起きしたスカウトがたまたまその日やっていた僕の短大の試合を見に4時間もドライブしてきてくれたって話ならあるよ」と思い出した。

ロベルト・クレメンテ賞のレイズの候補者だったセドリク・ムリンス(ロイター)
ロベルト・クレメンテ賞のレイズの候補者だったセドリク・ムリンス(ロイター)

 スカウトはリッチ・モラレス氏。オリオールズのノースカロライナ州担当になって1年目の2014年5月のある朝だった。

「起きたのは朝4時とかだったかな。特に予定していたわけではなく、ふと思い立って若い選手を見に行こうと思ったらしい。サーファー並みに日焼けした白人男性で、体形は僕と同じくらい小柄なんだけど、とても落ち着いていた」

 寝ぼけ眼で真っ先に始めたことが地元でやっている野球の試合のオンライン検索で、車で飛ばして4時間のところで午前11時から始まるジュニア・カレッジの試合に行こうと思ったのだから、彼もまた筋金入りの野球人だ。

 何とか2回までに球場に着いたモラレス氏が最初に目にしたのが、変化球に踏み込んでフェンス際まで飛ばすセドリクだった。モラレス氏はその場で上司に電話したらしい。

 ブレーブス黄金期のアトランタで育ったセドリクは、4歳でアンドリュー・ジョーンズに憧れた。スポーツも学業も常にトップクラスの努力家だったが、身長170センチとアスリートとしては小柄。19歳のこの日まで、スカウトが関心を示してくれたことはなかった。

「夢に近づいた。そう思ったよ」。今年、セドリクは卓越した人格や地域貢献、慈善活動などを通じ、野球界と社会に貢献した選手に贈られるロベルト・クレメンテ賞のレイズの候補者だった。

 球団が開催するチャリティーイベントには精力的に参加し、経済的な事情を抱える子供たちの野球支援団体、安全な水の確保に取り組む国際団体への寄付などに加え、自身も抱えるクローン病に対する積極的な啓発活動が評価されたのだ。

 クローン病は日本でも指定難病の一つで、消化管に慢性的な炎症や潰瘍が生じ、腹痛や下痢などを繰り返す。米国の調査では、成人の約0・5%がクローン病と診断され、治療で炎症を抑えることはできても現時点で根治療法はない。

 実は、セドリクは18歳くらいでクローン病の可能性を示唆されていたが意に留めず、感染症、潰瘍や裂肛が急激に悪化した26歳まで病気の深刻さを見過ごしてしまったという。

「1年に一度くらいだったから、ずっと食あたりだと思っていたんだ。症状が出ると、腹痛や胃けいれんがひどかった。食べ物を受け付けられず、液体のものしか口にできなかった」

 もしかしたら、病を見つける上でグルメで新しい物好きな性格も多少影響したのかもしれない。20年オフに小腸を15センチほど切除する手術を受け、薬物治療と食事管理で体重維持が可能になったセドリクは翌年、抑えられていた何かが爆発したかのような活躍で30本塁打、30盗塁を達成、オールスターにも選ばれた。

 世界一には届かなかったが、レイズの一員としてワールドシリーズの舞台に立ったセドリクの物語が、どこかで誰かに勇気を届けられていますように。

 ☆セドリク・ムリンス 1994年10月1日生まれ、ノースカロライナ州出身。2015年のMLBドラフト13巡目(全体403位)でオリオールズから指名されて入団。18年8月10日のレッドソックス戦でメジャーデビュー。21年のオールスター戦に初選出、初出場。23年の第5回WBCに米国代表で出場。25年7月にトレードでメッツに移籍。今季はレイズで137試合に出場し、打率2割5厘、15本塁打、48打点、OPS0・628、21盗塁。170センチ、79キロ。左投げ、左打ち。