【元局アナ青池奈津子のメジャー通信】「筋金入りの野球一家出身」ランキングなるものがあったら、ボビー・ウィットはきっと球界トップ3だ。なんせ父は大リーグで16年間活躍したボビー・ウィットであるだけでなく、末っ子であるボビーの姉3人が全員、プロ野球選手と結婚したからだ。

「うちの母は、おそらく誰よりも多く野球の試合を見てきたんじゃないかな。父の試合を見て、僕の試合を見て、義理の兄たちの試合にも行っている。考えると結構おかしいよね」。そう笑いながらボビーは「姉たちへの父の教えは『野球選手とは絶対に付き合うな。遠征ばかりで生活はクレイジーだから』だったんだけどね」と、ウィット家の鉄板ネタになっていると教えてくれた。

 長女ニッキさんの夫ジェームズ・ラッセルの父も元大リーガーのジェフ・ラッセル。父ウィットとレンジャーズでともにプレーし、引退後は2人とも同じ街で暮らしており、そもそも父親同士の縁が2人を結びつけたのかもしれない。

 次女も三女も、ボビーが高校1年時にすでに野球推薦で進学を決めていた両親の母校オクラホマ大学へ進み、同大に通っていたザック・ニール(のちに西武でプレー)、コーディー・トーマス(のちにオリックスでプレー)とそれぞれ縁を結んだ。夫2人もメジャーデビューしているから、血は争えないというか、野球一家の引力というか、お見事である。

ボビー・ウィットの義兄に当たる元西武の投手のザック・ニール
ボビー・ウィットの義兄に当たる元西武の投手のザック・ニール

 そんな家族の愛情と野球の知恵を一身に受けた末っ子が、今や球界を代表するスターに育ったのは偶然ではない気がしてしまう。

 父にはいつも「テキサスでお前が休んでいる間にも、カリフォルニアには一生懸命練習している子がいる。フロリダにもいるし、ドミニカ共和国にもいる。世界のどこかで必ず誰かが努力している。だから、ほかの人より少しだけ多く努力し、しっかり準備しなさい」と言い聞かされた。母や姉たちも父にならって、同じようにボビーを叱咤激励したらしい。元来シャイで心配性だった性格がうまく呼応して「みんなをガックリさせたくない」と、むしろ人知れず努力するのが好きな少年だったという。

「お父さんが元大リーガーってどんな感じ?」と聞くと「僕のチートシート(カンニングペーパー)って呼んでいるよ」とニンマリ。父のウィットは引退後、野球環境に身は置きつつ家族のそばにいられる仕事をしたいと、代理人に転身した。幼い頃のボビーの練習相手を務め、現在はボビーの代理人も務める。

「毎試合後、父へ電話して、試合について話すんだ。今でもだよ。投手として長く大リーグでプレーし、打撃もやっていたからね。父の存在はものすごく大きい」

 ボビーは高校時代、試合中に観客から「オーバーレイテッド(過大評価)!」などとヤジを飛ばされるくらい当時からかなり注目されていた。「それも楽しかった」と目を細める。

「注目されることは、自分を奮い立たせ、前へ進ませてくれる、もっと成長したいと思わせてくれる要素。昨日はヒストリー(過ぎたこと)。今日は(英語で)〝プレゼント(現在)〟。だから〝プレゼント(贈り物)〟なんだよ。今日という日にまたグラウンドへ出て、結果を残す機会がある。それは贈り物だ」

 メジャーに上がる前から、脚光を力に変える術を身につけていたボビーは「1つの球団でキャリアをまっとうする」という夢を託し、3年目を迎える前にロイヤルズと11年契約を結んだ。

 ちなみに、ボビーが高校で出会い、2024年オフに結婚した妻マギーさんも高校、大学とソフトボール選手。ほら、これを筋金入りでないなら何と呼ぶ。

ロイヤルズ一筋を目指すボビー・ウィットJr.(ロイター)
ロイヤルズ一筋を目指すボビー・ウィットJr.(ロイター)

 ☆ボビー・ウィット 2000年6月14日生まれ、テキサス州出身。19年のMLBドラフト1巡目(全体2位)でロイヤルズから指名されて入団。22年4月にメジャーデビュー。1年目から20本塁打、30盗塁で「20-20」を達成。23年からは2年連続で「30-30」をクリア。不動の遊撃手となり、24年から2年連続でゴールドグラブ賞を獲得。185センチ、91キロ。