物語は自然に生まれるものではない。どう立ち上げ、どう見せるか。その組み立てがあって初めて形になる。TAJIRIはその考え方を、ハッスルの時代に学んだ。「ハッスルの時代に小池一夫先生の漫画学校(劇画村塾)に半年間行ったんですよ」。現場で感じていたことを、別の形で見直す時間だった。

 そこで教わったのはキャラクターの立て方だ。「キャラクターっていうのを教えてもらって、それでSMASHは全部つくったんです」。誰をどう配置し、どう動かすか。その前に、どういう世界の中で見せるのかを決める必要がある。「世界観をつくらないといけないんです」。枠組みがあって、その中で物語が動く。

 その考え方は、そのまま現場に持ち込まれた。「SMASHは全部小池一夫先生式でやりました」。試合だけではない。会場の空気や演出、見え方も含めて一つにそろえる。「ポスターの雰囲気とかも全部影響してくるんですよ」。部分ごとではなく、最初から全体としてつくる意識だった。

 どこまで関われるかも重要になる。「お客さんが見て聞いて感じるものは全部僕がつくってたんです」。リング上だけでは足りない。音や空気、視覚的な印象も含めて一つのものとして届くかどうかが問われる。「全部つながってるんです」。どこか一つだけでは成立しない。

 一方で、それを続ける難しさもある。「一回つくっただけじゃダメなんですよ」。試合や興行を重ねる中で、同じ方向を保てるかどうかが問われる。流れの中でズレていけば、最初につくったものは維持できない。「続けていくと変わっていくんです」。維持すること自体が一つの作業になる。

 さらに条件も限られる。「それをプロレスで完璧につくろうと思ったら、全部自分でプロデュースする権利がないとできないんです」。どこかに別の意向が入れば、その分だけ形は変わる。「全部コントロールできないと難しい」。現場では常にその制約がある。

 キャラクターや物語は、自然にそろうものではない。どうつくるか、どうそろえるか、どう続けるか。その積み重ねの中で形になっていく。TAJIRIにとってプロレスは、試合単体ではなく、その背後にある構造まで含めて成立する表現だった。