漫画は趣味の範囲に収まるものではない。TAJIRIにとって、それは思考の原点であり、プロレスという表現の根にあるものだ。「漫画を読むことが好き。いっぱい持っている」。数を集めることが目的ではない。ただ読みたいから手に取ってきた。その積み重ねが、現在の感覚を形づくっている。
中でも軸になっているのが梶原一騎作品だ。「『あしたのジョー』『空手バカ一代』『タイガーマスク』を書いた梶原一騎は僕の神!」。作品名を挙げる口調に迷いはない。どの作品かではなく、梶原一騎そのものが基準になっている。実際に何度も読み返してきた。「もう何回読んでるか分かんない」。一度読んで終わるものではない。繰り返し触れることで、自分の中に沈殿していく。
影響は作品単体にとどまらない。「梶原一騎は原作を書くことによって、日本中の全ての子供たちを本気にさせたんですよ」。漫画という形式を通じて、人の意識を変えてきた存在だと捉えている。その力に、自分の理想を重ねている。「梶原一騎先生みたいになりたい」。プロレスという別のフィールドであっても、目指す方向は同じだ。
では何を受け取っているのか。「キーワードは、見る人を本気にさせられるか」。単に面白い、強いといった要素ではない。人を動かす力。その一点に集約される。リングの上で何を見せるか。その前提には、見る側の感情をどこまで揺さぶれるかという視点がある。
その影響は日常の感覚にも及んでいる。「もういろんなシーンがいつも渦巻いている」。特定の場面だけではない。記憶として蓄積された断片が、常に頭の中にある。それは外から引き出すものではなく、内側に常にあるものだ。「もうそれが僕の細胞になっているんで」。漫画は知識ではなく、身体の一部として取り込まれている。
だからこそ、読み続ける。「今でも読みますよ」。時間がたっても距離は変わらない。過去の作品ではなく、現在進行形の基準として存在している。TAJIRIにとって梶原一騎は、影響を受けた作家ではなく、自分の軸そのものだ。その軸があるからこそ、リング上で何を見せるかという判断もブレない。漫画は趣味ではない。表現の根を支える基準だった。













