TAJIRIにとって漫画は、読み物という枠には収まらない。そこには常に〝人間〟が描かれている。「コンビニとかにある『思い出食堂』もほぼ買うんですよ」。一見すると食をテーマにした作品だが、受け取っているのは別の部分だ。「食べ物の漫画ですけど、実は人間のことが書いてある」。料理や店の描写の奥にある、人の感情や関係性。その部分に強く引かれている。
視点は一貫している。「結局、僕の趣味っていうのは人間観察かな(笑い)」。何を読むかではなく、何を見るか。漫画を通じて見ているのは人間そのものだという認識だ。「僕は生まれつき人間に興味があって、変な人を見つけるのが好きなんですよ」。特別な能力や結果ではない。日常の中にある違和感や個性。そのズレに反応している。
その感覚は、プロレスにも直結している。「そういうのってプロレスに絶対生きてると思う」。意図して結びつけているわけではないが、結果としてリング上の表現につながっている。「それを生かそうと思ってやってるわけじゃないけど、勝手にプロレスに生きていると思う」。外から取り入れるのではなく、内側にあるものが自然と出てくるという感覚だ。
プロレスという仕事の本質も、そこにある。
「人間が人間を相手に人間に見せる商売だから」。技術や勝敗だけでは成立しない。見る側が興味を持つのは〝人〟そのものだ。「絶対必要不可欠なことかも」。
人間をどう見せるか。その前提がなければ、どれだけ技術があっても成立しない。
だからこそ、〝普通〟では意味がない。「結局、変な人たちをお客さんも見たくて来ているわけだし、普通の人を見に来ているわけじゃないでしょ」。非日常を求めて会場に来る観客に対し、日常の延長では応えられない。どこに差をつくるか。その一点が問われる。
漫画を読むことは、単なる趣味ではない。人間を観察し、その本質を捉えるための手段だ。そこで得た視点が、そのままリング上の表現につながっている。何を見て、どう感じるか。その積み重ねが、TAJIRIのプロレスを形づくっている。













