カーリング女子日本代表フォルティウスがたどった苦難の道とは――。2月6日に開幕する2026年ミラノ・コルティナ五輪日本選手団の壮行会・結団式が18日に千葉県内で行われ、フォルティウスのスキップ・吉村紗也香(33)は「いよいよだなとワクワクした気持ちと緊張感が高まる時間だった」と決意を新たにした。吉村にとっては常呂高(北海道)時代から5度目の挑戦で初めてつかんだ五輪切符。悲願達成までの道のりにあった〝覚悟〟に本人、周囲の言葉から迫った。

 吉村の夢が目標に変わったのは、2010年バンクーバー五輪国内選考会だった。チーム長野に敗れ「つかめそうでつかめなかったので悔しかった記憶がある。五輪を本気で目指したいと思った一つの経験だった」。名スキップとして将来を有望視されるも、14年ソチ五輪、18年平昌五輪、22年北京五輪はいずれも出場を逃した。

 22年北京五輪国内選考会での敗戦後は、北海道銀行とのスポンサー契約が終了した。当時の心境を本紙に「簡単に次の4年間また続けますという答えは正直出なかった。考えて、時間がたつにつれ、やっぱりもう一回、4年後の五輪を目指したいと意志が固まった」と明かす。

 23年日本選手権は新型コロナウイルスの影響で予選会の辞退を余儀なくされた。立て続けに困難に見舞われたが、吉村の心はくじけなかった。

「五輪という目標に対しては、一度もブレることなく貫いてこられた。たとえ大変な道のりであっても、スタートラインからそこは揺るがないものだった」

 吉村が抱く長年の思いは、チームメートも感じ取っていた。船山弓枝コーチは本紙に「平昌の時は代表になれなくて悔しくて、現地まで1人で見に行って、五輪の会場を目に焼き付けて帰ってきたりもしている。本当に本人から五輪への思いはすごく伝わるものがあるし、見ていても感じていた」と証言。チーム関係者はスポンサー探しに奮闘し、吉村ら選手たちはレベルアップに尽力した。かねてサード・小野寺佳歩は「吉村紗也香を五輪に連れていく」と宣言。吉村の思いとチームメートの思いが一つになり、重かった扉をこじ開けたのだ。

 カーリング女子日本勢はロコ・ソラーレ(LS)が18年平昌五輪で銅メダル、22年北京五輪では銀メダルを獲得している。吉村は「歴史に残る結果を残してくれて、カーリング界も盛り上がっている」と感謝を口にする。その上で、目標の金メダルへ向けて「自分たちも五輪の舞台で結果を出して、日本を盛り上げたい。いい準備をして五輪を迎えたい」と気合十分。まずは2月12日の初戦へ、ピーキングを行っていく。