新日本プロレス4日東京ドーム大会で、棚橋弘至(49)が約26年間の現役生活にピリオドを打った。オカダ・カズチカ(38=AEW)との引退試合に敗れ、完全燃焼。4万6913人超満員札止めの東京ドームで、万感の「愛してま~す!」を叫んでリングを去った。プロレスにすべてを捧げ、「愛」を叫び続けてきた棚橋が寄せた独占手記、現役最後の〝ラブレター〟を公開する。

ゴンドラで場内を一周する棚橋弘至
ゴンドラで場内を一周する棚橋弘至

【独占手記】夢にまで見た超満員の東京ドームで、現役生活を終えることができました。今日言わないと、もう一生言えない気がするので言いますけど、いやあ~生まれて初めて疲れました(笑い)。

 入門テストを3回目で合格し、なりたくてなりたくて仕方がなかったプロレスラー。…なれたのは良かったんですけど、ちゃんと終わりが来るんですね。プロレスラーになる覚悟はあっても、プロレスラーを辞める覚悟というのは、なかなか持てないものでした。

 僕自身も、自分の引退については、ぼんやりとしか考えていなくて…。いつかヒザが動かなくなって、筋肉も落ちて、衰えて、引退したら何をしようか…と、考えていた時期がありました。おそらく多くのプロレスラーが、このように引退後の自分を描けていないのが事実です。でも、それでいいんじゃないかと今は思っています。

 今を、その刹那の瞬間を、前後の不利益も考えずに、ただ戦う。「なんでこの人たちは、こんなにも頑張れるんだろう?」。そんなレスラーの姿に、高校生の頃の僕もひかれたんだと思います。

 1999年にデビューして、新日本がビジネス的に良いときも苦しいときも、ずっと見てきました。動員数の上下はありましたが「来ていただいた皆さまに楽しんでいただきたい」という思いが変わることはありませんでした。僕自身が高校生の頃、プロレスを好きになって、生活が100倍楽しくなったという体験があったからです。「僕のようにプロレスを知って、生活が楽しくなる方がきっといるはずだ」と信じ続けられたからこそ、今があると思います。

「愛してまーす」で引退セレモニーを締めた棚橋弘至
「愛してまーす」で引退セレモニーを締めた棚橋弘至

 猪木さんの、猪木寛至の「至」と棚橋弘至の「至」がたまたま一緒だっただけで、こんなロマンチックな人生を送ることができました。ナイス! お父さん!

「プロレスラーになって良かったですか?」と今聞かれたら、食い気味に大きな声で…「はい! よかったです!」と胸を張って言えます。高校生の頃の僕にも『ちゃんとレスラーになって、最後までやり切ったぞ』と伝えます。そう思えるのも、多くの皆さまに応援していただけたからです。26年間、たくさんの応援と5年間くらいのブーイング(笑い)、本当にありがとうございました。

 僕は1月4日でプロレスラーを引退しましたが、こういった思いが受け継がれ、さらに強まり、広がり、これからも新日本プロレスという団体は続いていきます。これから、新日本プロレスのレスラーが全員、全力を出し切って、終われるような未来を作っていきますね。

 引退後は社長業に全力を注ぎますが、家族サービスもしたいですね。試合以外にも大会プロモーションなどで、あちこちを飛び回っていた2000年代。まだ子供も小さくて、妻には負担をかけました。この頃に一緒に撮った写真が少ないです。もっと撮っておけばよかったなあ…。

 ある日の試合前、妻に「ケガだけはしんといてね」と言われたことがありました。当時の僕は「ある程度のケガは付きものでしょ」と思って生返事をしていましたが、今となってはそこに愛情を感じます。家族の支えでここまで来れたんだと思います。

 プロレスラーではない自分になることが、怖く感じた時期もありましたが、もう乗り越えました。新日本プロレスは、まだまだ進化できます。新日本プロレスの進化が止まんねぇー!! あ、あと、コメントもかまないように注意しながら(笑い)。では、最後に! 東スポ読者の皆さん、愛してまーす!!(新日本プロレス代表取締役社長)

棚橋弘至、現役最後のサイン色紙
棚橋弘至、現役最後のサイン色紙