バルセロナ五輪柔道銀メダルでプロレスラーとしても活躍した〝元暴走王〟小川直也氏(58)が、自身のYouTubeチャンネル「小川直也の暴走王チャンネル」を更新。日本プロレス界のレジェンド、故三沢光晴さんについて振り返った。

 暴走王は三沢さんとリングで2度だけ接点がある。2001年3月2日、〝破壊王〟こと故橋本真也さんが立ち上げたゼロワンの旗揚げ戦・両国国技館大会に三沢が参戦。メインのタッグ戦で橋本をフォールすると、宿敵・橋本に協力を表明していた小川がエプロンに立ち、マイクで三沢を挑発した。激怒した三沢が強烈なエルボーを放って小川を退治。因縁が生まれ、同年4月18日のゼロワン日本武道館大会で、小川&村上和成vs三沢&力皇が実現した。

力皇の救出に入る三沢
力皇の救出に入る三沢

「あれは破壊王案件」という小川氏は「破壊王の旗揚げの時に助けに行ったんだけど、そこに三沢がいたから、かみついただけの話」と、自身の傍若無人ぶりを振り返る。もちろん、全日本プロレスの四天王からノアを旗揚げしたプロレス界の大エースとの対戦には、「三沢選手は偉大なレスラーってことで、オレが行くしかねえなって」といい、「オレにとってもチャンスだった。破壊王にも『何とかお前、やってくれよ』と」と、橋本さんから懇願されたこともあって当時は前のめりになっていた。

 注目のタッグ戦は6分40秒、三沢が村上をバックドロップで葬り、決着した。戦ってみてどうだったのか。元暴走王は「やっぱりつかみづらいっていうの、何か底なし沼っぽいイメージがあった。どこまでいってもワナが待っているような雰囲気」と、三沢さんの強さを表現する。

小川に強烈なエルボーを放つ三沢
小川に強烈なエルボーを放つ三沢

 7分に満たない試合時間では当然、納得がいかない。暴走王は第2ラウンド、さらに一騎打ちに向けて動き出すも実現することはなかった。「試合では最初のタッグマッチから入ったんだけど、その後『いよいよかなあ』ってときに、破壊王に『逃げられたあ』って言われちゃって。オレにしてみれば、逃げられたじゃねえよ、と思う」と笑顔で明かす。三沢さんとの対戦はプロレス人生で一度きりとなったが、「そんなことを言ってもしょうがない。彼には彼なりの考えのあってのことだから」と理解しているという。

 試合ではプロレスの達人にあしらわれた感があり、力皇にも圧倒されてノアの強さが際立った。「彼らにいいところ出させておかないと。オレらがおいしいところ、食っちゃうのまずいだろうって。当時はノリノリで、『三沢いいんじゃね』と思わせておいて」と、強がってみせる。「彼にはなんでも受け流せるって自信があった。オレのほうがキャリアは若いし、(プロレス界に)入ったばかりのイメージがあるから、先輩としての立ち居振る舞いがあった」とし、三沢さんとの戦いには「決してネガティブなことはなかった」と話す。

試合後、リング上は大混乱に陥った
試合後、リング上は大混乱に陥った

 三沢さんは09年6月13日にリングの事故で死去した。「不幸なことだけど、ある意味、プロレスって大変な仕事だとみんなに示した」などと言って、故人をしのんでいた。