【昭和~平成スター列伝】全日本プロレスの暮れの祭典「世界最強タッグ決定リーグ戦」優勝決定戦(10日、後楽園)で、合計身長413センチの“タイタンズ・オブ・カラミティー(ToC)”こと綾部蓮、タロース組が世界タッグ王者のザイオン、オデッセイ組を撃破して初優勝を決めた。綾部は2メートル、タローズは2メートル13センチ。敗れたザイオンは188センチ112キロ、オデッセイは196センチ184キロ。再び全日タッグ戦線に大型化の波が訪れたことを予感させる優勝戦だった。

超ド迫力のダブルドロップキックを鶴田に見舞うハンセンとブロディ(右)
超ド迫力のダブルドロップキックを鶴田に見舞うハンセンとブロディ(右)

 1970年代から80年代まで、最強タッグは大型選手がズラリ揃う豪華な祭典だった。ジャイアント馬場、ジャンボ鶴田、天龍源一郎ら日本人勢にザ・ファンクス、アブドーラ・ザ・ブッチャーら競い合っていたが、最も強烈なインパクトを残したのが“不沈艦”スタン・ハンセンと“超獣”ブルーザー・ブロディの「超獣コンビ」だろう。

 新日プロの外国人トップだったハンセンは81年の最強タッグ決勝戦に乱入。大騒動を起こして翌年に全日プロへ移籍した。新日プロがブッチャーを引き抜き団体間の“引き抜き合戦”がヒートアップしていた時代だ。ハンセンは翌82年から全日に参戦。83年の最強タッグでは歓喜の初優勝を果たした。最終戦(12月12日、蔵前国技館)まで3チームがもつれ、超獣コンビは日本人トップの鶴田、天龍組と対戦。勝ったほうが優勝とあって試合は大激戦となった。

「天龍が猛然とダッシュする。一進一退の攻防であっという間に15分が経過。天龍はハンセンに急降下ヒジ爆弾、さらに鶴田がブロディを、天龍はハンセンに“バックドロップ二重奏”をやってのけた。超満員1万2500人の大観衆が優勝を夢見たが、落とし穴が待っていた。ハンセンのラリアートをかわした天龍だが、ブロディがロープを広げリング下へ真っ逆さま。4人入り乱れての場外戦だ。天龍が無理やりリングに押し上げられると、ハンセンが左腕のサポーターをしごく。悲鳴とラリアートが交錯。3カウントが入りブロディは右手を突き上げ、ハンセンのロングホーンがとどろいた。ハンセンとブロディは予想通りの強さで最強タッグを初制覇した」(抜粋)

 和田京平名誉レフェリーは「ハンセンはガムシャラだったけど、ブロディは一歩引いていた。スピードもあったし、お互いがないものをカバーしていたね。やっぱりプロレスは大きさ。ちょっとあの2人に勝てるチームはいなかった。全日本に合った強力なコンビだった。今の全日本は斉藤ブラザーズもいるし(大型化で)面白くなっていい流れになってきていると思いますよ」と語った。

 85年になると今度はブロディが新日プロへ。鶴龍コンビも86年の“天龍革命”によって消滅。日本における超獣コンビの結成期間はわずか3年3か月に終わった。しかしその強さは永遠に語り継がれる。全日本の大型選手たちには新たな時代を築いてくれることを期待したい。(敬称略)