【中島輝士 怪物テルシー物語(89)】四国独立リーグ・徳島の監督として最後のシーズンとなった2016年、前後期ともに優勝を逃してはしまいましたが、年間勝率2位ということで、前後期連覇の愛媛マンダリンパイレーツとの年間チャンピオンシップに出場しました。結果は0勝2敗で敗退となりましたが、本当に濃厚な経験をさせていただきました。そして12月5日に徳島の監督を退任することが発表され、同時に韓国プロ野球(KBO)のハンファ・イーグルスの打撃コーチに就任することが発表されました。

 17年シーズンからは韓国のプロ野球を経験することになります。韓国へのきっかけをつくってくれた方は金星根さんです。星根さんは日本生まれ日本育ちの在日韓国人2世であり、韓国の実業団野球で活躍した投手です。その後は草創期の韓国プロ野球の発展に貢献され、日本でも指導者としてロッテ、ソフトバンクでコーチとして活躍されています。どちらかというと野球指導者の指導者のようなイメージでしょうか。

 KBOの監督として1379勝という数字は歴代2位というとんでもない記録です。その星根さんからのお誘いとあり、希望を持っての韓国での生活だったのですが、これがなかなかに計算外のアクシデントが起こってしまうんです。私自身もコーチに就任してキャンプ、オープン戦と戦って公式戦開幕というのは普通の流れなんですが、5月に問題が発生します。

 5月21日の三星ライオンズ戦に敗れ4連敗で9位に順位を落とした試合の後でした。星根さんが急に監督を辞任すると言い出したんです。同23日には球団側が辞意を受け入れたという形で正式に辞任が決まりましたが、シーズンはまだまだ残っていますからね。

 このニュースは韓国国内だけではなく、日本でも大きく報道されました。私としては深い事情に関して知る由もありません。これは推測ですが、星根さんと球団フロントの間でなんらかのトラブルが発生したんだと思うんです。シーズン序盤の4連敗で9位なんて状況は別にある話ですし、巻き返しはなんとでもできる時期ですから。

 星根さんに呼ばれて韓国にやって来た私の立場からすると、もう一緒に辞めるしか選択肢はないなと思いました。そのつもりだったのですが、球団側からは最後まで続けてくださいということでしたので、たったの1シーズンだけになってしまいましたが責任を全うさせてもらいました。

 星根さんは昭和カタギというのか、本当に厳しい指導者ではありました。日本一、練習の厳しいコーチの一人として球界では認識されています。選手から時間が長過ぎるとか、厳し過ぎるとか、そういう不満が漏れていたのかもしれません。あくまで私の推測のお話で断定はできないですが。

 これまた困ったことにはなりましたが、5月以降も打撃コーチとしての仕事を続けなければなりません。チームには助っ人として元阪神のウィリン・ロサリオや、元韓国代表の主砲・金泰均も在籍していて面白いメンバーが揃っていました。それだけに、このシーズンの10月をもってチームを去ったというのは寂しかったですねえ。