【中島輝士 怪物テルシー物語(88)】前回に続き、2015年ドラフトで巨人から育成1巡目指名を受けた四国アイランドリーグ・徳島出身の増田大輝のお話を紹介したと思います。大学を中退して独立リーグと聞けば、一般的にはNPBは厳しいんじゃないのかとか思ってしまいがちです。ですが、大輝は徳島での2年間を経てNPBの選手になっています。
徳島での1年目は76試合で打率2割6分3厘、22犠打、11盗塁という成績を残しています。2年目の15年は67試合で2割9厘と数字を落としましたが、18盗塁とスピードを発揮しています。私は大輝を含めた2人の選手にプロとしての可能性を感じていました。私にはスカウトとしての経験もありますから、何とかなるんではないかと思いNPBのスカウトに相談しました。
私が柳川高の投手としてプロから注目されていた時代、佐賀の自宅にまであいさつに来てくださった巨人・山下哲治さんが、当時のスカウト部長でした。山下さんに「足の速い内野手と外野手が1人ずついます。何とかNPBに送り出せないでしょうか」と相談した結果、大輝を新しい世界に引き上げてくれました。
この連載が始まる1か月半ほど前、山下さんが71歳で亡くなられました。なかなか連絡が取れないと思っていたんですが、闘病されていたんでしょう。球界でお世話になった先輩方の訃報は寂しいものです。この連載を読んでもらいたいと思っていたので残念でした。
巨人のスカウト部長として坂本、長野、菅野、小林、岡本ら数々のスター選手を輩出。その山下さんに獲ってもらった大輝は巨人に入団してからも頑張ってくれました。入団2年目の17年に支配下登録され、下積みを重ねて19年に初めて一軍登録されました。このシーズンはチームトップの15盗塁を決めリーグ優勝にも貢献しています。
印象に残っているのは20年の「投手・増田」なのではないでしょうか。初の開幕一軍を経験したこのシーズン、主に代走や守備要員として活躍していましたが、8月6日の阪神戦(甲子園)で思わぬ機会が巡ってきました。
0―11の大量ビハインドで迎えた8回一死。ここで原監督は大輝をマウンドに送り込みました。近本を二ゴロ、江越には四球、続く大山を右飛に抑えました。最速138キロの直球にスライダーを交えた13球。スポーツ各紙の評論では賛否が起こりました。
20年シーズンも途中出場がほとんどながら、リーグ2位の23盗塁を記録。スピードのある内野手として特長を生かしてくれています。10年目の今年は初めて開幕からシーズン終了までを一軍で過ごしました。大学中退、独立リーグという遠回りをしても32歳になっても巨人でプレーできている事実。教え子が頑張ってくれていることはうれしいですね。
独立リーグ・徳島では3年間の濃厚な経験をさせていただきました。さて、翌年はどんなふうに野球と携わろうかと考えていたところ、今度はKBO(韓国プロ野球)からの誘いが届きました。次回は韓国球界での生活をお話ししたいと思います。












